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第1―25話
バレンタインデーまで後2日。
羽鳥は昨日井坂がエメラルド編集部から立ち去ってから、ずっと難しい顔をしている。
木佐と小野寺は首を傾げる。
井坂さんの説明は自然で完璧だったし、京極さんの吉野さんへの気持ちも羽鳥に伝わった…筈だ。
愛だ恋では無く、海外で働く京極の、あくまでもミューズ・癒しの天使。
それなのに羽鳥は、眉間に深い皺を寄せ、難しい顔をして考え込んでいる。
やっぱり井坂さんでも明かさなかった取材が引っかかってる?
だがそれは吉野の為に伝えることは出来ない。
それにそんな説明が無くても、井坂の話は羽鳥を納得させるには完璧だった。
今日は明日の本番に向けて京極の教室は無い。
皆それぞれ準備があるからだ。
京極からは朝、
『分からないことがあったらいつでも質問して下さい』
と木佐達のLINEのグループにトークがあった。
しかしこれまで激務の中、時間を作り、京極にしっかりしごいてもらい、本番を明日に控えて分からないことがあったらそれこそ問題だ。
バレンタインデーについては心配無い。
完璧だと自負できる。
木佐は雪名と、小野寺は高野と明日の約束も交わしている。
ただ…
「もう何なんだよ…あいつは…」
木佐がテーブルに突っ伏す。
今日の木佐と小野寺の昼休みは丸川書店から一番近いファミレス。
木佐と小野寺は昼食さえ取れればいいというスタンスだ。
それもこれも…
「羽鳥さん、井坂さんにあそこまで言われてまだ納得できないんですかね!?
石頭過ぎますよ!!」
脱力している木佐に怒り狂っている小野寺という最悪の組み合わせ。
「羽鳥さんて昔からあんなに石頭なんですか!?」
小野寺がガブリとクラブハウスサンドに食らいつく。
「石頭つーか頑固で生真面目なとこは変わんねーなー…」
木佐は海鮮丼にノロノロと箸を伸ばす。
「それで明日のバレンタインデー、ちゃんと吉野さんと約束してるんでしょうね!?」
「律っちゃん…羽鳥のあの顔見て、良くそんなポジティブなことが言えるね…」
ハハハと木佐は力無く笑うと「そういやあいつ意外とネガティブだよな~」と呟いた。
吉野は朝、と言っても昼近くなって起きると、直ぐに羽鳥にメールをした。
「明日のバレンタインデー何時に来れる?」
出来れば定時で退社して欲しいが、羽鳥の仕事を考えると、そう我が儘も言えない。
だが、羽鳥からは一向に返事が来ない。
仕事の邪魔をしては悪いと思ったが、夕方にもメールをしてみた。
だがやはり返事は来ない。
メールが出来ない程忙しいのなら、電話はもっと迷惑になると思って、吉野は電話もしなかった。
リビングのソファで膝を抱えて、羽鳥からの返事を待っていると、いつの間にか22時を過ぎていた。
その時、吉野のスマホがメールの着信を告げた。
吉野は素早くスマホを手にする。
送信者は羽鳥。
吉野はうきうきしながらメールを開く。
だがそこには一行。
『明日は会えない』
と、だけ。
吉野は直ぐに羽鳥に電話を掛けた。
だが留守番電話サービスに繋がってしまう。
吉野は呆然とソファに座っていた。
涙がとめどなく零れて落ちる。
トリ…どうして?
バレンタインデーの練習をしてるって知った時、あんなに喜んでくれたのに…。
すると、今度はスマホが電話の着信を告げた。
吉野は電話相手を確認すると、震える指でタップする。
『千秋、俺。
明日の予定どうなってんだよ?
知らせてくれねーと動けないだろ』
「…優」
『千秋…お前泣いてんのか?
何があった!?』
『…優…ゆ、う…ト、トリが…トリが…』
吉野はそれ以上言葉にならなかった。
ただただ嗚咽が漏れる。
『千秋、今直ぐそっちに行くから待ってろ!
直ぐだから!』
そう言うと柳瀬の電話は切れた。
吉野はソファの上で丸くなる。
涙がソファに染みる。
吉野はまるで胎児のように身体を丸め、泣き続けるのだった。
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