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第1―32話

ダイニングテーブルの上にあったのは、平屋の小さな家。 チョコレートが混じっているので全体的に茶色だが、赤い何かが繋ぎ目になっているようだ。 縁側があって、そこに二体のマジパンの人形が座っている。 正確に言うと、ネクタイをしている人形は座って手帳らしき物を見ている。 もう一体の人形はネクタイをしている人形の隣りに寝っ転がって漫画を読んでいる。 なぜ漫画なのか分かるのかというと、表紙に吉野の大好きな『ザ☆漢』のキャラクターの絵が描かれているからだ。 庭には抹茶が敷かれていて、庭の端にマジパンの桜が満開だ。 羽鳥は吉野から身体を離すと、またチョコレートの家を見つめた。 吉野がへへっと笑って話し出す。 「家はチョコレート味のパウンドケーキを小さく切って重ねたんだ。 このチョコレートが大変でさあ! 緯度と経度と天気に合わせて作ってあるんだぜ? 晴れ、曇り、雨って微調整するのが難しくてさ~! この地球上で、トリしか食べれないチョコレートなんだからな!」 羽鳥は、ああ、と思った。 京極のパリとオーストリアの店のチョコレートはそうやって作られているのかと。 だがこれは立派な企業秘密だ。 もしかしたら特許だって取っているかもしれない。 それを吉野の為に…。 吉野は黙っている羽鳥を気にすること無く話しを続ける。 「それにさあ、このパウンドケーキの家の秘密はそれだけじゃないんだ! トリ、甘い物が苦手だろ? だからパウンドケーキも甘さ控えめにして洋酒も混ぜてるんだけど、それだけじゃ味気無いっつーか。 だからパウンドケーキの間に、フレッシュイチゴジャムを塗ってあるんだ!」 「吉野、ありがとう…」 「そのイチゴジャムだって、売ってる品じゃなくて手作りなんだからな! この前の取材で、イチゴ摘みが出来るイチゴ農園に行って作ってきた物なんだから!」 えへんと自慢げに言う吉野に羽鳥が固まる。 「…この前の取材って…京極さんと柳瀬と三人で行った取材のことか…?」 吉野は屈託無く「うん」と言って話し出す。 「勿論、これからの取材に役立ちそうな所にも行った。 でもメインはそのイチゴジャムで、千葉に日本一美味しい手摘みが出来る苺があるって聞いて。 オプションでイチゴジャムも作れるからってそこにしたんだ。 でも今日まで秘密にしたくて、京極さんが俺のスケジュールを相談してくれた井坂さんと、取材当日のスケジュールを組んでくれた朝比奈さんと優以外、誰も知らない。 どう、驚いた!?」 吉野は小さな頃、羽鳥に悪戯をしかけてきた時のようにニコニコ笑っている。 羽鳥は思わずその場に跪いた。 分かっていた。 吉野が自分を裏切らないと。 けれど自分に自信が無くて、勝手な妄想で吉野を疑った。 裏切り者は自分だったのだ。 「トリ、どうしたんだよ、急に? 気分でも悪い?」 吉野もしゃがんで羽鳥の肩を抱く。 「気分は悪く無い。最高だ。 ありがとう、吉野。 わざわざ俺の為にイチゴジャムを作りに千葉まで行ってくれて…。 それなのに俺は勝手に誤解して…謝って済むことじゃないな」 「トーリ」 吉野の小さな白い手が羽鳥の顔を覆って、上を向かせる。 「吉野…?」 「それでもトリは今日、ここに来てくれた。 それって…俺を…好き、だと思っていいんだよな?」 「ああ」 「じやあ今までのことはこれでお終い! ケーキ食おうぜ!」 吉野がにっこり笑って、羽鳥を立たせる。 千秋 千秋 千秋 好きだ。 物心ついた時から好きだった俺の初恋。 その初恋は地球が回る度、深まっていく。 世界一の初恋だよ…。 そしてふと羽鳥が見ると、吉野は小さな家に何の躊躇いも無く、包丁を入れるところだった。 「待て待て待てーーー!!」 羽鳥が慌てて吉野の元に飛んで行く。 「何だよ?」 「お前はどうしてそうデリカシーが無いんだ! 写真を撮るとか動画を録るとか、まだやることはいっぱいあるだろう!」 「それなら大丈夫。 トリが来る前、俺が撮っといた。 京極さんにも送ったし」 「……余計駄目だ。 10分でいいから待ってろ。 俺も写真を撮る」 「そう?なら待ってる」 吉野がテーブルに包丁を置く。 それから羽鳥はありとあらゆる角度で、その小さなケーキの家をスマホで写真に撮った。 勿論、動画でも。 羽鳥の撮影が終わると吉野が言った。 「なあその家、古民家だって分かったんだろ。 ちゃんとトリと俺も縁側にいるだろ? 将来、二人でこうして桜を見ながら漫画を読むんだぜー。 いいよなっ!」 羽鳥は涙が溢れそうになって、慌てて 「呑気に漫画を読むのはお前だろ。 俺はこの家のメンテやお前の送り迎えで忙しいんだ」 と早口に言った。 古民家のケーキは美味しかった。 ほんのりブランデーの効いたチョコレートパウンドケーキに本当にフレッシュなイチゴジャムが効いている。 抹茶の地面の部分も美味い。 桜のマジパンは二人で半分こにした。 だが、そこまで食べ終わると、問題が起きた。 それはマジパンの二人だ。 いくらマジパンと言えども、羽鳥は吉野を噛み砕いたりしたくない。 いい加減痺れを切らした吉野が言う。 「いいじゃん、食べようよー。 俺もトリを食ってやるから!」 「俺を食うのは構わない。 だがな…」 渋る羽鳥に吉野が自分がモデルのマジパンを持たせる。 「吉野?何して…」 吉野も羽鳥がモデルのマジパンを持っている。 「いっせーのせで食べようぜ」 「だがな…」 「あー考え過ぎなんだよ、お前は!! これも食べなきゃ、地球にひとつしかないケーキを二人で食べたことになんねーだろ!」 『地球にひとつしかないケーキを二人で食べたことになんねーだろ!』 羽鳥は目を見開くと微笑んだ。 「そうだな。じゃあ食うか」 「ん!じゃあ、いくぞ。 いっせーのーせっ!!」 二人の口に同時に小さなマジパンが入る。 暫くモゴモゴしていた二人は、ごくんと飲み込む。 「結構美味かったよなあ! お前は?」 吉野がわくわくした顔で羽鳥を見上げる。 羽鳥はポツリと「甘かった」と一言。 「それだけ!?もっと何か…うわっ!」 羽鳥が吉野を抱き上げる。 「お前は唇も身体もどこもかしこも甘いが、マジパンになっても甘いんだな」 羽鳥に囁かれて、吉野が真っ赤になる。 羽鳥はベッドに吉野を寝かせると、 「マジパンより甘いか確認してやる」 と言い放つ。 「マジパンより甘いワケねーだろ!」 「何事も確認して事実を知ることは大切だ」 羽鳥が生真面目な顔をして告げる。 吉野が唖然としている間に、いつの間にか素っ裸にされる。 「千秋…」 羽鳥は吉野の唇に軽くキスすると、今度は吉野の足の間に頭を埋めて、吉野の雄をペロペロと舐める。 「…ぁ…や、やだぁ…んッ…」 吉野が身を捩ると羽鳥が顔を上げた。 その顔は相変わらず生真面目だ。 「お前、誘ってるのか?」 「……は?」 意味不明の羽鳥の言葉に吉野がキョトンとしていると、まるで羽鳥は大学の講義をしている教授の如く厳かに言った。 「ペニスまで甘いってどういうことだ」 知らねーよ、そんなこと!! 吉野は心の中で叫ぶのだった。

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