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最終話・七緒、親子二人に翻弄される。(前編)
☆
時刻は17時を回っている。皐月が園内からいなくなったと知らせを受けてから30分が経とうとしている。一度は保育園を訪れ、三谷と二手に別れて皐月を探すことになった七緒は、裏庭から出てすぐ、破れたフェンスを見つけた。3歳くらいの子供なら易々と入れるほどだ。
フェンスの先は土手で、大きな川が流れている。危険だからと設置されたフェンスはしかし破られていては意味もない。
まさか。
七緒は嫌な予感がして慌ててフェンスを乗り越える。土手近くに行くと、そこには七緒が想像したとおり、小さな影が寂しげにぽつんと佇んでいた。
「三谷さん。皐月くん、見つけました! 裏庭のフェンスを越えた川の土手です」
七緒は皐月を見つけると直ぐに三谷に連絡を取る。
「さっちゃん」
それから七緒は皐月を怖がらせないよう、できるだけ優しい声音で声を掛ける。皐月はびくんと肩を揺らした。
「お家に戻ろう? パパが心配しているよ?」
ゆっくり、ゆっくり。怒っていないということを知ってもらうため、川に落ちないよう気にかけながら七緒は皐月との距離を縮める。
しかし皐月は七緒の求めに対して大きく首を振り、拒絶した。
目から溢れた大粒の涙が柔らかな頬を濡らしている。
「しんぱい、しない。こうくんが……ぼく、ママに捨てられたんだっていった。ぱぱだって……ぼくといるとおでこのあいだ、クシャッてなってる。ぼくがいると、めいわくでしょう? ぼく、いらない子なのっ!!」
自分といると三谷は眉間に皺を寄せている。
皐月はしゃくりを漏らし、小さな肩を揺らしながら話していく。
子供は大人が思っている以上に敏感で傷つきやすい。
三谷が皐月とどう向き合っていいのか判らず、困っていることを感じ取っているのだろう。
こうくんというのは恐らく保育園でできた友達だろう。子供は大人が何気なく口にする言葉を素直に口に出してしまう。こうくんもそうで、皐月に話した内容に悪気が無かったことなのだと思う。それ故に、だからこそ、皐月は真実だということを知り、深く傷つくのだ。
皐月は父親に相談しても困らせるだけだと判っているからこそ、こうして保育園から出たのだ。自分さえいなくなれば誰も困らせないと思って……。
ああ、なんて意地らしいのだろう。
幼いなりに、誰よりも何よりも家族を想っている皐月の気持ちに目頭が熱くなる。
七緒は気が付けば、背中を丸めて涙している小さな体を抱き寄せていた。
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