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最終話・七緒、親子二人に翻弄される。(中編)
「……さっちゃん。僕がお母さんならさっちゃんにはきっと……」
こんな思いなんてさせない。そう思った矢先だった。
「皐月!」
皐月の名を呼ぶ張りのある低音が背後から聞こえた。ーー瞬間、七緒の腕の中にいた小さな体が震えた。
「三谷さん、皐月くんは同じ組の子に母親に捨てられたことを言われて、自分がいると迷惑をかけると思ったみたいなんです。だからできるだけゆっくり優しく接してあげてください」
肩を上下に揺らし、額に玉のような汗を浮かべてた三谷の表情はとても険しい。それは我が子を心配して散々駆け回った証しなのだが、今の皐月にとって、彼の形相はそれはそれは鬼にも思えるほどの恐ろしいものに見えることだろう。
すれ違い様、七緒がそっと口を挟む。どうか叱らないでやって欲しいと願いながらーー。
しかし、それも七緒の杞憂に終わった。三谷は七緒が考えていた以上に父親だったのだ。小さな体を強く抱きしめた。
「心配しただろうが!」
「ぱ、ぱ……」
「さっちゃん、パパはね、さっちゃんを迷惑だなんて思ってないよ。大切だから、さっちゃんのことを知るために、たくさんたくさんお勉強のご本を読んでるんだよ?」
表情や態度では常に冷ややかに装っているが、その実は誰よりも皐月を心配しているに違いない。我が子を強く抱きしめる三谷の姿に目頭が熱くなる。七緒もしゃがみ込み、皐月に話した。
「ぼく、いらないこじゃない?」
「ああ」
「ぱぱのおそばにいてもいいの?」
「ああ」
自分は厄介者ではないのかと何度も尋ねる皐月の問いに、幾度となく三谷が頷く。すると皐月は安堵したのか、大きな背中にしがみつき、わあっと声を上げて泣いた。
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