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第3話 呼び出し

「鷺沼、この後職員室に来い」  放課後のチャイムが鳴り騒がしくなる教室で担任の教師が達也に声を掛けた。  周囲の生徒がざわめく。制服のポケットに手を突っ込んだ達也が物凄く嫌そうに担任の危うい後頭部を睨みつけながら教室を出ていくのを大半の生徒達が黙って見送った。 「なぁ、あれ」 「やっぱりあの噂本当なんだな」  二人がいなくなった教室ではひそひそと好奇の目のぎらつく不穏な空気が流れる。  むすっとした達也の態度がますます彼らを遠ざけより好奇心をくすぐっているようだが、机の上で頬杖を突いていた和希はこの教室でただ一人達也の機嫌が悪くなった原因を知っている。 (休み時間に屋上で熱心に読み込んでたスーパーのチラシ、夕方のタイムセールが載ってたからな。あいつが戻る頃には出遅れか)  達也はスーパーのチラシを読むのと安い買い物をするのが好きだ。  達也の家は一般的な家庭でそこまで生活が困窮している訳ではないが、安く買う事に達成感があるのか節約癖があり、普通の高校生は大して気にしないであろう家計にもそれは影響している。  ブリーチだケア用品だのも和希の叔父に格安でやってもらっているから続いているようなものだ。  因みに電気代や水道代もケチるので、和希が鷺沼家でシャンプーの練習をする時にはカンパ缶に小銭を入れさせられている。  けれど達也のそんな節約癖を知っているクラスメイトは和希位のもので、達也の脳内はタイムセールでいっぱいだと知らずにどよめくクラスメイトを思うと和希はとても愉快だ。  しかし何かと噂がつくられやすい達也に今度は一体どんな尾びれ背びれの纏った噂が出来たのかと聞き耳を立てていると、後ろの席の生徒にとんとんと肩を叩かれる。 「おい黒河。鷺沼、昨日の夕方他校の男子とやり合ってボッコボコにしたらしいじゃん。やっぱあれ本当?」  噂好きのその生徒の言葉に成程それでかと合点がいく。達也は彼の外見上取っつき難い為自然とこういった話は彼と親しくしている黒河へと向けられた。 「あぁ、あれそんな事になってたんだ」  小さく呟かれたその言葉を聞き逃したその生徒は好奇心を剥き出しにして何々と目を瞬かせる。 「悪い、俺よく知らないわ。じゃ、掃除当番だから」  またな、と言って席を立つ和希に待ての声が掛かるがそれを無視し手をひらひらさせて教室を出る。  達也は校内校外問わず喧嘩を売られる事が間々ある。あの見た目だから反感を買いやすいのだろう、反射的に睨みつけてしまうから波風も立ちやすい。  しかし達也はすこぶる喧嘩が弱かった。そして和希は子供の頃柔道をやっていた事もあり結構強い。  今回だって昨日も二人で歩いていた時に数人に絡まれた為和希が薙ぎ倒したのだが、噂に尾ひれがついて達也が首謀者という事になっていたのだから笑える。  外見だけ見れば喧嘩をしそうなのは達也であり和希は無害そうな平凡な生徒だ。見た目の印象というのは大きいなと達也を見ていると思い知らされる。  因みに和希がいない場合達也は脱兎の如く逃げる。それはもう本気で駆け回るし大体逃げ切る事に成功しているのだからすごい。  達也が担任に呼ばれたのは暴力沙汰を起こしたからだとクラスメイトは思っているようだが真実は異なるしあれは正当防衛だ。 (ま、大事にはならないだろ)  こんな時、俺がやり過ぎたせいで親友に迷惑を掛けてしまったと嘆きすぐにでも後を追い担任に説明するのが『親友』としての最善の選択なのかもしれないが、残念ながら和希は模範的な『親友』ではなかった。  達也が無闇に責められるものなら和希もそれなりに動くが、そもそも昨日の事は悪いのは向こうであり和希は自分に非があるとは全くもって思っていない。  それにまだそうと決まった訳ではないし何か言われたとしても注意位だろう。  これまでも和希が注意を受けるべき事を何故か達也が代わりに聞く羽目となる事が度々あった。それらは些細な事だったから後で達也の機嫌を取って解決だ。  苦労人だなあと自分を棚に上げて和希はモップを滑らせた。

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