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第5話 彼女
夏休みを終え秋になると達也は塾に通い始めた。
そして和希にとって衝撃的となる出来事が起こる。
「和希、俺彼女出来た」
時刻は夜の九時。突然和希の家にやってきた達也の顔は緩み切っていて、和希は引き締めようともしないその顔を見てぶん殴りたい衝動を覚えるもぐっと堪える。
「へえ、彼女? へーー? ちょっと詳しく聞かせろよ」
「痛い! 痛い和希! かずくん暴力やめて!」
堪えたが、それでも伸びた手は達也の憎い頬をぐいぐいと引っ張った。
頬を赤らめながら語る達也の話を聞くに、相手は同じ塾に通う他校の同い年の女子高生らしい。
塾を終えた後に呼び止められて告白されたらしく、その子と話した事はなかったが可愛い子だったから了承したのだと言う。それにしても達也がそわそわと落ち着きがなくて腹が立つ。
「達也もついに彼女持ちか、良かったな高校生の内にヤらせてもらえそうで」
「何だよ嫉妬か? 和希だってその内彼女出来るって」
「はぁ? 何その上から目線ムカつくんですけど。俺はたまたま今いないだけで彼女いない歴十七年のお前に嫉妬なんてしません」
和希はこれまで何人かの女性と付き合った事がある。けれど本気になった事は一度としてない。
来る者拒まず去る者追わずの和希に達也は不満そうだったが、まさか彼は知る由もないだろう。それが達也本人に向かってしまいそうな欲望を散らす為の付き合いでしかないだなんて。
けれどそれでも、達也以外の誰かを好きになれたらそれはそれで結果オーライだ。何も彼女達を性欲処理の道具としてしか見ていなかった訳ではない。
少なからず希望はあったのだ。ただ、結果として和希は誰にも興味を抱けなかった。
達也以上に欲しいと思える人はいなかったのだ。けれど達也への想いの深さを思えばそれも当然の結果だったのかもしれない。
そして幸か不幸か、達也にはずっと彼女がいなかった。
片思いをした事はあれどそれが実を結んだ事はなかったし、男子校に通っているから必然的に女性と接する機会はどっと減る。
誰のものでもなかったから、達也の中で和希という存在は大きい筈だった。
けれどこうなってしまえば状況は大きく変わる。現に今達也の頭の中を占めるのは新しく出来た初めての彼女の事ばかりだ。
いつかこういう日が来るだろうとは思っていた。
思っていたけれど、想像以上にきつい。
「何の為の塾だよ。彼女つくる為に行ってんじゃねぇだろ」
思わず零れ出た言葉に達也はむっと眉を顰める。
「当ったり前だろ。勿論勉強はちゃんとやるよ。どうしたんだよ、感じ悪ぃぞ。折角一番に知らせに来たのに」
「『親友』だもんな」
溜息混じりに吐き出すと和希は達也の頭をわっしと掻き乱す。
「オメデト」
「へへ」
くそ、嬉しそうにしやがって。
和希は自嘲するように口角を上げ、別れちまえば良いのにと心の中で吐き捨てた。
達也と彼女との交際は清くスタートした。
メールをして、電話をして、塾が終わった後途中まで一緒に帰って。
逐一報告する達也に和希は半ばうんざりしながら聞いていた。
そうして二人が付き合い始めて一月ほど経った頃、その日はたまたま委員会の用事で早く学校へ行かなければならなかった為和希は一足先に家を出た。
教室に戻ったのは生徒が殆ど揃って賑やかなホームルーム間近の時間だ。何気なく教室の中を見渡すと窓辺の席に座っている達也の姿を捉える。
眠いのか達也は机の上に両腕を乗せて頭を伏せている。遅くまで彼女と電話でもしていたのだろうかとやさぐれながら考えていると始業のチャイムが鳴った。
担任がやって来て出席を取る。苗字の頭文字が近い為、この教室では和希と達也の出席番号は並んでいる。名前を呼ばれて返事をすると、続いて達也の名前が呼ばれた。
「鷺沼?」
再び担任の声が響き異変を感じる。見ると、達也は机に突っ伏したまま動かない。
達也は寝つきは良いけれど、名前を呼ばれて起きない程学校で深く眠り込む事なんて滅多にない。それに、寝ているにしては様子がおかしい。
まさか、と思いガタリと席を立つ。和希と達也の席は端と端で遠い。教室の後ろを大股で回って達也に駆け寄ると、達也は顔を真っ赤にさせて呼吸を乱していた。
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