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第6話 保健室 -1-

 達也は子供の頃に比べて大分丈夫になったとはいえ、今でも時折体調を崩す。  毎年欠かさず風邪は引くし、季節の変わり目も弱い。  そして身体に負担を掛けたり精神的ショックがあったりすると突発的に熱を出してしまう事が稀にあった。  何故すぐ気づいてやれなかったのだろうと和希は自分に嫌気が差す。いつもならきっと気づいていた。判断を鈍らせたのは、達也をちゃんと見ようとしていなかったからだ。  達也の心を、視線を奪われて嫉妬していたからだ。 「あれ……かずき?」  重たそうに瞼を薄く持ち上げた達也は、顔を火照らせながら熱い息を吐く。 「阿呆、熱あんのに学校来てんじゃねぇよ。自分でも自覚位してたろ」  和希は白いカーテンで仕切られたベッドの傍らに座りベッドに横になった達也を見下ろす。  吐き出された言葉は厳しい割に語調は柔らかい。達也はそんな和希を見て、ごめんと眉を下げた。 「いや~……、いけるかなって思ったんだけどな。今何時?」 「ん、十時前。タオル温くなったな」  達也の額に乗せられていたタオルを傍らに置かれた氷水の張ってあるトレイの中に浸して固く絞る。それで汗を拭ってやると達也は気持ち良さそうに目を細めた。 「で、何で和希がいるんだ? 授業始まってんじゃねーの」 「自習だったから抜けて来た。保健の先生も会議か分からんけどいなかったしな、丁度良かったわ」  ふうん、と達也はちらりと和希の奥に見えるカーテンに目をやる。 「俺達だけしかいないから何話してもいいぞ」  和希のその言葉に達也は僅かに目を見張らせ、参ったなと苦笑いを浮かべる。 「彼女と何かあった?」 「あーもーそんな事まで見透かされてんの。和希すごすぎ意味分かんねぇ」 「そりゃどーも。お前が熱出す位って事はフラれでもしたか」  達也はびくりと肩を震わせ徐に頭まで布団を被って和希に背を向ける。 「図星か」 「俺今すっごく傷心だから優しくしてください」  泣きそうなのか泣いているのか、声が震えている。  和希は深く溜息を吐いてぽんぽんと丸くなった布団を叩く。 「分かったからちょっと落ち着けって。何があったんだよ、ちょっと前までそんな素振りなかったじゃん。彼女、文化祭にも来る気だったんだろ?」  布団から頭をちょっと出した達也は視線だけ和希とは別の方向へ逸らしスンと鼻を鳴らす。 「昨日塾の後ちょっと喧嘩になってさ、俺が和希の話するの気に食わなかったみたいで機嫌損ねちゃって……俺が怒ったら向こうもキレて不満ぶちまけられて何かよく分かんねーけどそのまま……」  思い出すだに辛いのか、達也はそう語りながらううと両手で顔を覆う。  けれど和希は達也の言っている事が飲み込めず眉を顰めた。 「おい、俺の話ってなんだ。何話したんだ」 「何って、別に変な事じゃねーよ? 女子と何話したら良いのか分かんなかったからいつも和希と何話してるとか何やってるとか、子供の頃の話とかしてたんだ」 「え、ちょっと待て。お前彼女といる時いつも俺の話してた訳?」 「え? まあ、……そうなるか? だって俺、人に話すような友達お前位しかいねぇし」  和希は頭を抱えた。  事の詳細を聞くに、達也があまりにも和希の話ばかりするものだから彼女に呆れられたようだ。  その上和希の写真を見せたら「意外」「達也君に似合わない」「地味過ぎ」と笑われ、頭にきた達也は和希の事を知りもしないで悪口言うなと一喝した。  そして勢いに任せてこうも言った。 「あいつは確かに地味だけど料理美味いし運動神経良いしシャンプー気持ち良いしあいつ以上に一緒にいて楽しい奴なんかいねーんだよ! ――ってな。つかこれ本人の前で言うの滅茶苦茶恥ずかしいわ」  再現する達也を前に和希は馬鹿じゃないのかと思った。 「お前、サイテー」 「は?! 何で?! だって普通怒るだろ? お前貶されたんだぞ」 「そんなの言われ慣れてるし、つかお前も俺の事地味だ地味だ言うじゃねぇか」 「俺は良いんだよ」  何だそれはと和希は項垂れる。 (俺は良いとか) 「お前、俺を呆れさせたいのか喜ばせたいのかどっちだよ」  達也は和希の言葉の意味が分からないのか眉を顰め、そしてううと唸る。 「やべ熱くなり過ぎた、熱上がって来たかも」 「もうお前喋るな。何なんだよ人の事褒めちぎりやがって熱で頭イカれたか」  本当に参る。和希は何度目とも分からない溜息を吐いた。  達也はと言うと赤く火照った顔を顰めていやいやまだだと言う。 「えーとどこまで話したっけ……ああそうそう、俺が怒ったらあいつ逆切れして、達也君は顔だけで話は全然面白くないだの、強引なのかと思いきや全然慣れてないし思ってたのと違う、なーんて言われてよ。俺を何だと思ってんだか……うっ」 「吐くか?」 「吐かない」  達也は擦れた声でそう言うと布団を被って糞と吐き出す。  達也の顔が整っている上に悪そうに見えるところが彼女には魅力的に映ったのだろう。実際そういう熱視線が多く達也に向けられている事に彼自身はあまり気づいていない。  だから見た目に期待して近づくとあれ、となるのだ。どうやら彼女は達也に過度の期待を寄せていたらしい。  達也に見せつけられた写真画像ではどちらかと言うと清楚に見えたが、結構慣れている子だったのかもしれない。 「俺って何でモテねーんだろ。男としての魅力ないんかな」  本格的に落ち込み出した達也はぐだぐだといじけ出す。 「おいおい、一度フラれた位でめげんなよ。言っとくけどお前は顔も性格も良い優良物件なんだからお前の中身分かってくれる女はそのうち現れるって」  言いながら、その言葉は和希自身を強く抉る。 「その前に怖いってビビられんじゃん。怖がらない天使みたいな子なんていつ現れんだよぉ。和希は良いよなー女に困らねぇしさー。俺より先にぽんぽん彼女つくりやがって、もうハラタツわー」  じわじわと苛立ちが込み上がる。  熱が上がって来たと主張する達也の言葉通り、今の達也は発音が丸くて気怠そうな割にストッパーが効かなくなっているのかいつも以上に饒舌だ。こういう達也を和希は何度か見ているが、今回はそれにしても神経を逆撫でされる。  達也がそれ程参っているという事なのか、それともその内容故か。  小さい頃からずっと一緒にいたから分かる。達也に近づきたい女が彼には近づき難いからと自分の方へとやって来る。  和希はそういう女達を時に蹴散らし、時に自分が食らって達也から遠ざけて来た。常に達也の隣に立ち隙を与えないように牽制して。  ああこれは恋なのかな、と自覚したのは数年前だったけれど恋とも友情とも区別のつかない独占欲はきっと達也と二人でいるのが当たり前になった頃から息づいていた。  たっちゃんは弱くて頼りないから僕が守ってやろう。  小さい頃、きっと無意識にそう思っていた。だから達也がコンプレックスで悩んでも真剣に打開策を打ってやろうとはしなかった。  達也がコンプレックスを抱いている限り、自分はそんな彼の数少ない理解者でいられるから。  そう思うと満たされた。  けれどその醜さと言ったらない。

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