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第8話 黒髪

「あー、今年はやっぱクラス別れたか」 「まあ去年被るだけでも凄いけどな。達也は二組か、俺五組だから大分離れたな」  春になり和希も達也も三年生になった。  掲示板に貼られたクラス分けを見上げながら二人はいつものように話し、じゃあな、とそれぞれ別の教室へと入る。  達也が熱を出したあの日、あれから達也は堪え切れなくなったのか気絶するようにこんこんと眠った。  和希が再び保健室へ来た時にはもう母親が連れて帰った後で、気まずさはあったものの学校帰りに寄るともう大分熱は落ち着いたようで思ったより元気な姿がそこにはあった。  ただ達也は保健室での事を全く覚えていなかった。意識が途切れるすんでだったからこうなる事も予想していたとはいえ拍子抜けだ。  途中まで和希と何か話していた事は覚えているらしいがその内容は覚えていないらしく、今更突っ込んで聞く気にもならず結局それまでと変わらない関係のまま新年度を迎えた。  だからキスをした時達也が何を思っていたのかも結局分からず終いだ。  達也が嘘を吐いている可能性も考えた。  そうは見えなかったけれど、上手く嘘を吐いていたのだとしたらそれは拒絶を意味する。  そう思うときついけれど、今の状態は和希にとって悪くはない。結局『最善』であった関係に戻っただけだ。 (分かりたいって言ったのはどの口だよ)  達也のいない教室で和希は胸の内でひっそりと愚痴を零す。  けれど思ったより身体は軽い。なかった事になったとしても、あの時自分の中で少なからず整理はついた。  それから達也とはクラスが分かれた事もあり登校時以外ではあまり顔を合わせなくなった。達也はそれまで以上に勉強に集中するようになったし、和希は美容室のバイトを増やした。 この頃になると生活が合わなくて達也の頭をシャンプーする機会も減り、受験が近づくにつれ達也の髪も黒くなった。 「お前の地毛元々薄いじゃん。こんなに黒くしなくても良かったんじゃねぇの?」 「良いんだよ、どうせ大学受かったらまた戻すつもりだし」  鏡の前に座る達也の髪は黒々としていて、おまけに長めだった髪も短くなった。和希は達也の後ろから鏡に映る達也と視線を交わし、ふうんと呟く。達也の髪が黒くなっていく様を、バイト中の和希は手伝いの傍ら見ていた。  数年前、高校に入学した後金髪にしたいと言い出して染めたのもここだ。瞳と同じで元々色素が薄い達也の髪が何気に好きだった和希はあまり良い気分ではなかったが、金髪が思いの外似合っていたので何だか悔しい思いをしたのを覚えている。 (黒髪、全然似合ってないな)  機嫌の良さそうな達也を見下ろしながら和希は内心溜息を吐く。 (ていうか、どうせ黒くするなら俺がやりたかった)  この美容室でいつものように学校帰りに働いていたら達也が突然やってきて「黒くして」なんて言ったのだ。  当然美容師ではない和希には知識はあってもさせてはもらえない。劣るとはいえ市販剤でならやってやったのにと和希はふてくされていた。 「暫くおそろだな」  にしし、と笑う達也に釣られて和希は溜息を吐くように笑う。 「たっちゃん、そういえば何で金髪にしたんだっけ? 金髪にしてからずっとそれだったけどこだわりとかあるの?」  叔父の問い掛けに達也はくるりと椅子を回して振り向きああその事と頷く。  それは和希も聞いた事があった。確か当時達也が好きだったバンドのメンバーが金髪で、それに憧れて染めたとか何とか。  椅子から立ち上がった達也はのっしと和希の肩に手を掛けて寄り掛かる。 「髪染めてみたいっつったらこいつが止めとけってきっぱり言うもんだからもー腹立ってさ、だから思いっきり明るくしてやったんだ」 「は? え、達也お前バンドの真似たんじゃねぇのかよ」 「え? 俺そんな事言ったっけ?」  互いに頭を傾げ、叔父が何だそれとからからと笑う。  つまり和希が覚えていたそれはただの達也の冗談で、和希が反対したせいで本気になってしまったらしい。 「いやーおじさんの腕が良いからかな、あの髪気に入っちゃったんだよな」 「たっちゃん嬉しい事言ってくれるねぇ! ああでも、こうしてたっちゃんの髪に触るのももう最後かもしれないのか」  最近年のせいか涙脆くなった叔父は眼鏡を押し上げて鼻を啜る。『触る』という言い方が妙にいやらしくてぞわっとした。  達也はもうすぐ県外の大学を受験する。  滑り止めにと県内の大学も受けていたが内容の充実さや待遇の良さを考えるとやはり県外のその大学が一番良いらしい。 「達也」  和希の肩に凭れ掛かったままの達也の肩に腕を回し肩を組む。 「頑張れよ」  達也はにっと笑っておうと頷いた。

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