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――9月11日。 苦しむ夜鷹を介抱していたら、いつの間にか日付が変わってしまった。 夜鷹の額に滲んだ汗を湿らせたタオルで拭ってやる。 すると、夜鷹が吐息混じりに声を発した。 「燕……ごめん……」 「ん?何が?」 「…………もう、大丈夫だから。眠いだろ?寝ていいよ」 「平気だよ」 「いいからもう寝ろよ。俺ももうひと眠りするから、一緒に寝ようよ」 どうやら痛みは治まったらしく、夜鷹が柔らかい笑みを浮かべる。 顔色もよくなったようだ。 「……ね?」 「…………うん」 汗ばんだ夜鷹の額に顔を近づけて、そのままそっとキスをする。 それから夜鷹の寝転がるベッドに入り、布団を被った。 「ねえ、夜鷹は……」 ベッドに寝転がりながら、控えめな声で夜鷹に問いかける。 「ん?」 「どうしてあの時……俺が一緒に暮らそうって言った時、承諾してくれたんだ?」 「………………家族に、介護されるのが、嫌だったから。  家族に世話になるのなんか、情けないだろ。絶対嫌だった」 「俺はいいの?」 「俺はお前になら素直に甘えられると思ったんだ。  お前になら格好悪いところ見られても、いいかなって思ったんだ。  お前に世話されるのは悪くないなって、思えたんだ」 「そう……なんだ……」 「うん。燕はイヤ?  こんな俺は嫌い?要らない?  一緒に暮らそうって言った事、後悔してない?」 「してないよ、後悔なんて。俺はお前を愛してるから、だから……」 「…………はは、キザだな」 キザだと言われて、少し恥ずかしくなる。 もう寝てしまおう、そう思い、目を閉じた。 眠りに落ちる瞬間、夜鷹が小さな声で「俺も愛してるよ」と言ってくれた。 独り言のように呟かれたその言葉は、照れ臭くて、聞こえなかった振りをした。 ――夢を見た。 夜鷹の両手両足が、まだあった頃の夢だ。 「俺、絵を描く仕事がしたいんだ」 夜鷹は楽しそうに、自分の夢を語る。 「……そうなんだ」 「うん」 夜鷹は昔から、絵を描くのが得意だった。 リアルな風景画や人物画から、抽象的な絵、それからアニメ風のイラストまで、なんでも上手かった。 「デザイナーとかイラストレーターとか……。  本当は画家になりたいけど、あんまり現実的じゃないよな」 俺は、夜鷹の絵が嫌いだった。 正確には、絵を描く夜鷹が、嫌いだ。 絵を描いている時の夜鷹はいつも集中していて、周りが見えなくなる。 絵を描いている最中は、俺の事なんか全く頭になくて、話しかけても無視されて…… とにかく、俺はそれが凄く嫌だったのだ。 昔からずっと、嫌で嫌で仕方がなかった。 夜鷹の中に、俺よりも大事で優先すべきものがあるのが耐えられなかった。 くだらない独占欲だ。 「俺には絵しかないのに……」 「それしか価値がないのに……」 「もう生きていく意味が分かんないよ……」 事故で手足を失った直後、夜鷹はそう言って泣いた。 「死にたい」 そう言いながら、ひたすら涙を流し続ける夜鷹。 手を失った夜鷹には、頬を零れ落ちて行く涙を拭う術はなかった。 そんな夜鷹を見て、俺も一緒に泣いた。

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