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――9月13日。
いつものように、夜鷹と一緒に風呂に入る。
良い香りのするボディソープをスポンジにたっぷり含ませて、夜鷹の背中を撫でるように優しく洗って行く。
夜鷹の肌は女性のように……いや、きっと女性よりも綺麗だ。
雪のように色白で、傷ひとつない肌は滑らかですべすべしている。
髪が長い事もあってか、後ろから見ると夜鷹はまるで女の人のようだ。
本来ならばある筈の手足がない事も相まって、美術館にある彫刻のようにも見える。
夜鷹は昔から綺麗だったけれど、手足を失った事によって更に綺麗になったかもしれない。
今の夜鷹にはどこか人間離れした何かを感じる。
「ねえ、知ってる?」
「ん?何?」
綺麗な肌にスポンジを滑らせながら、夜鷹の声に耳を傾ける。
「口に筆を咥えて絵を描く芸術家が、どっかの国に居るんだって」
「そうなんだ」
「凄いよね。その人は病気で手足を失ったらしいんだけど、俺とちょっと似てる」
「……そうだな」
「でも、俺には無理だな。
俺にはそんな根性ないよ」
「…………」
「……もし何か一つ願い事が叶うなら、また絵が描きたいな」
「そう、だな……」
夜鷹の中の優先順位にイライラする。
俺より絵を描く事を優先し、大切にする夜鷹に怒りと寂しさを覚える。
「夜鷹は本当に、絵が、好き、なんだな……」
嫉妬心を無理やり抑え込んで声を発した。
上手く声が出せなくて、少し震えた声になった。
「…………うん、好きだった。何よりも好き、だったよ」
「…………夜鷹」
「ん…………っ!?」
これ以上の言葉を聞きたくなくて、夜鷹の唇を強引に塞いだ。
夜鷹の柔らかい唇に、自身の荒れ放題な唇を重ねて舌を差し込む。
熱い口内に侵入させた舌を動かして、夜鷹の舌と絡ませる。
夜鷹は驚いたのか一瞬固まっていたけど、すぐに俺のキスに応えてくれる。
お互いに舌を絡ませ合って、口の粘膜を味わいつくした。
風呂場に、ぴちゃ、ちゅ、という卑猥な唾液の音が響いている。
「んっ……」
「夜鷹……っ」
唇を離せば、お互いの口と口を唾液の糸が繋いでいた。
唾液で濡れた夜鷹の口元を、指でそっと拭ってやる。
「どうしたの?何突然盛ってんだよ」
「夜鷹ぁ……」
俺だけを見てくれ。
俺の事だけを考えていてくれ。
俺を一番に想ってくれ。
俺を一番に優先してくれ。
絵の事なんかもう忘れろよ。
どうせもう、筆も鉛筆も持てやしないんだから。
「…………」
自己中心的な考えばかりが脳裏に過ぎって吐き気がした。
自己嫌悪で死にそうだ。
だけど、願わずにはいられない。
どうしてもそんな風に思ってしまう。
「夜鷹……ごめん……好きだ…………」
「何謝ってんの?」
「…………ごめん」
苦しい。
痛い。
上手く息ができなくて苦しい。
胸の奥がずきずきと痛む。
俺は夜鷹の事を好きにならなかった方が、きっと楽だった筈だ。
こんなに苦しい思いはしなくて済んだ筈だ。
こんなに悩んで、苦しんで、もがいて、溺れる事は、なかった筈なんだ。
夜鷹だってそうだ。
俺なんかに好かれなければ、幸せに、ちゃんと、普通に生きれたんだ。
――夜鷹はこんなに綺麗なのに……
――どうして俺は、こんなに醜いんだろう……
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