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――約一年前の、9月14日。
俺と夜鷹が高校三年生の時。
人の居なくなった放課後、俺達は二人で、職員室前の廊下に飾られた絵を眺めていた。
この絵は、夜鷹が授業で描いた俺の似顔絵だ。
コンクールで入賞して、暫く学校に飾られる事となった。
自分の似顔絵が飾ってあるなんて、なんだか照れくさい。
「…………綺麗だな」
「うん、自身作」
本当に綺麗な絵だと思う。
だけど、これのどこが俺なんだ。
美化しすぎだ。
「でも、この絵、全然似てないよ。
俺はこんなに綺麗じゃない。もっと地味だよ」
「そうかな?そっくりだよ。俺にはお前がこう見える」
「……目、悪いんじゃないのか」
俺達は手を握り合って、その絵を暫くの間眺めていた。
この絵を描いた美術の授業は、ペアを組んでお互いに似顔絵を描くという内容だった。
俺と夜鷹は当然のようにペアになり、お互いを描いた。
俺は夜鷹みたいに絵が上手じゃない。
だから夜鷹の美しさを絵に表す事は、当然ながら出来なかった。
それがとても、悔しかった。
「…………話があるんだ」
夜鷹が、俺の手を握る力を強めて、そう言った。
俺はなんとなく嫌な予感がして、胸が苦しくなった。
夜鷹に腕を引っ張られ、屋上まで連れて来られる。
「何、話って……」
「あのね、俺……高校を卒業したら、フランスに留学する」
「えっ……」
――フランスへ行く?
そんな遠いところへ?
俺の手の、届かない、ところへ?
夜 鷹 が 行 っ て し ま う ?
「フランスで絵の勉強がしたいんだ。
パリの絵の学校に通いたいんだ」
「……………………俺は、反対だな」
やっとの思いで振り絞った言葉は、震えていた。
「お前に反対されても行くよ、もう決めたんだ」
「絵の勉強なら日本でもできるよ。
だいたいお前、英語の成績悪いじゃん。
フランス語なんかきっともっと難しいよ。
それに、家事だって何もできない癖に。
お前が海外で一人で生活できるとは思えないよ」
どうして俺はこの時、こんなに可愛くない事ばかりを言ってしまったんだろう。
こんな嫌みばかり言ってないで、ただ単純に『寂しい』と素直に告げていれば良かったのに。
そうすれば、もしかしたら、今とは違う未来があったかもしれないのに。
「とにかく、俺は……」
「もう、うるさいな!
フランス語だって家事だって、今から全部覚えてやるよ!
俺の人生なんだ!お前に指図される覚えはない!」
「…………」
全くもってその通りだ。
俺が夜鷹を引き止める権利なんてない。
寂しいから行かないで欲しいなんて、そんなの俺のエゴだ。
自己中心的な感情だ。
「でも、俺は…………」
――――寂しいよ。
その一言が、どうしても言えなかった。
どうしても伝えられなかった。
「燕」
「…………別れよう」
混乱して頭の回らない俺に、夜鷹は容赦なく追い打ちをかける。
俺にとって、何よりも残酷で、何よりも聞きたくない言葉だった。
「えっ、あ……え、な、なんで……?
お、俺の事、嫌いに……なった?」
視界がぐにゃりと歪んで、前が上手く見えなくなった。
整っている筈の夜鷹の顔が歪んで見える。
吐き気がする。頭が痛い。
立っているのがやっとの状態だ。
「違うけど……」
――じゃあなんで?
「遠距離恋愛ってなんか嫌じゃん」
――なんでそんな事を言うんだ。
「俺、しばらく帰って来ない予定だし」
――うるさい。
「簡単に会える距離じゃないから」
――うるさい。
「お互いの為に」
――黙れ。
「他の恋人を……」
――俺は夜鷹じゃないと駄目なのに、
――夜鷹は俺じゃなくても平気なの?
「そういうワケだから………………ごめんな」
「お、俺は……別れたくないよ……」
「なんで?」
「なんでって……」
夜鷹の事が好きだからに決まっているだろう。
俺には夜鷹が必要だ。
夜鷹が居ないと駄目なんだ。
俺は、夜鷹に依存している。
重くて暗い愛を抱いている。
「お前って……別れたくないって言うほど、俺の事好きなの?」
「す、好きだよ」
俺のこの重すぎる愛は、夜鷹には一ミリも伝わっていなかった。
俺は、この胸に秘めた夜鷹に対する好意が『依存』である事を知っている。
純粋な愛ではないという自覚がある。
夜鷹に知られたら気持ち悪いと思われるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
……伝えられるわけがなかった。
「デートもセックスも俺から誘ってばっかじゃん。
お前から誘われた事ってほとんどないし……」
「そ、それは……」
――お前の邪魔をしたくないから……。
夜鷹はいつも部活や絵を描く事に夢中で、常に忙しそうだった。
時間がいくらあっても足りないと、そう言う夜鷹を誘う気にはなれない。
「俺はお前の事、今でも好きだけど……」
「…………」
「もう終わりにした方がいいと思うんだ。だから…………」
「…………さよなら」
一方的に別れを告げて、夜鷹は去って行った。
俺は暫く屋上に立ちつくしたまま、動けずにいた。
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