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第8話
裂けるような痛みはないが、とにかく苦しい。けれどもそれがやがて、悦に変わっていくことを知っている。しなる背中にぽろぽろと落ちてくるショーンの荒れた吐息と細切れの低い声はすでに艶やかで、根元まで埋まろうとしている彼のペニスは小刻みに震え、さらに大きくなったのを感じた。
「……は、ッ……うぅ……ン……!」
「……ん、全部入った」
臀部にショーンの肌がひたりと密着し、次いで汗ばんだ彼の身体が覆い被さってきた。重なった素肌は熱くしっとりとしており、繋がった箇所はじくじくと疼き、灼け爛れそうだった。
ふたり分のいきれた呼吸の音が寝室に伸び広がるなか、ショーンに下腹部を撫でられ、さらには耳を舐められる。挿入の負担を減らそうと深呼吸を繰り返していたところに、淡いながらも感じてしまい、意図せず後ろをくっと窄めてしまった。
「あ……ァッ……」
「ッ……、」
「……あぁっ! ショ……あっ、ン……!」
ショーンが腰を揺さぶり始めた。ずるずると腸壁を擦られ、ずんずんと奥を突かれるのに合わせて、裏返った声が飛び出る。腹のなかで生じた刺激が背骨を伝い、頭のてっぺんにまで駆けていくかのようだった。頭のなかが白く霞みゆき、ぼうっとしてくる……。
「……なか、あったかくて気持ちいい……」
「んぁっ……は、ッ……あ、ァ」
「君も、気持ちいい……?」
陶酔した声で訊ねられ、うん、うんと素直に首肯する。未だに苦しいが、熱くて溶けそうで、すごく気持ちいい。それに心がひどく満たされ、うっとりとした気分だった。ポールはおもむろに暖房のリモコンに手を伸ばし、その電源を切った。
心の底から信頼できるパートナーがいて、こうした幸福感のなかでその相手と愛し合っているなんて、昔の自分が聞けばどんな反応をするだろう。
同性愛者であることを引け目に感じ、蔑みながら生きてきた過去の自分がこの未来を目の当たりにしても、きっと信じなかったに違いない。同級生から受けた虐め、それがエスカレートし傷害事件の被害者になった暗いハイスクール時代。その後の、ホモフォビアである両親や兄からの冷遇。そして、大学時代に経験した失恋が決定打となり、投げやりな気持ちを抱きながら、独りぼっちの日々に慣れ親しんでいた自分がだ。
……いつどこで何が転機となるのか、人生とはまったく分からないものだ。ショーンと出会い、恋愛関係に発展し、婚姻届を提出するまで様々な出来事があった上に、結婚後も色んなことが起き、戸惑い、悩み、彼と衝突したが、それでも昔の自分では考えられないほどの彩りと喜びに満ちた生活を送っている。……すべて、ショーンのおかげだった。
「……、あぅ、っ……あ、ア……あああっ!」
亀頭で直腸の奥を責められ続け、限界はあっけなく訪れた。目の前でハレーションが起き、頭が真っ白になり、汗みずくの肉体はぴんと硬直する。鈴口からぱたぱたと雫が滴り落ち、シーツを汚したことに気づいたのはそれから数秒後、真っ白に埋もれた意識が浮き上がってきた時だった。
「……あ、イッたんだ?」
ショーンは腰の動きをとめ、萎え始めたポールの陰茎を触る。「早かったね……昨日の今日だからかな」
「はぁ……ん、ァ……ショーン……」
産まれたての子鹿のように、ぶるぶると震えながらも肘を立て、顔を上げてショーンを見れば、ばちっと目が合ったのもつかの間、まぶたを閉じた彼の顔が近づいてきた。
『誰からも愛されないのは、大きな苦痛だ。誰をも愛することができないのは、生の中の死だ』とあったのは、何の本だったか。
カフェで話題にした臨月の殺人犯のように、愛する男とのあいだにその証を残すことは、自分たちにはできない。自分にはショーンの子どもを身籠もる機能や器官がついていないし、そもそもそういったことは望んではいない。かたちとして残らなくとも、深いところで相手と交わり、身も心も互いでいっぱいになっているこの瞬間があって、その積み重ねがあれば十分だった。
多くは望まない。こうして求め合っているだけで至福なのだ。
縺れ合うように接吻しながら、ショーンが硬いままの雄を肛門から抜いた。身体を反転させられ、向かい合うかたちになったところで、結腸まで一気に貫かれた。
海老反りになった裸体が、びくびくと跳ねる。塞がれた口はくぐもった嬌声をあげ、ひしゃげたように閉ざしたまぶたの裏側には、まばゆいまでの白色が広がった。……ペニスから体液が漏れることなく、ポールは二度目の絶頂を迎えた。
半ば苦痛とも言えるほどの強烈な快感が、肉体や脳髄に押し寄せ、飲み込んでいく。ふわふわ、くらくらとし、打ちつけるような脳の脈動が、いやに耳に響いていた。まなじりからは一粒二粒と涙がこぼれ、こめかみに垂れていった。
「ふ、ぅ……ぷはっ……ア……ぁっ……」
名残惜しかったが、唇を離す。まぶたをあげれば、チカチカと点滅する視界に恍惚とした表情を浮かべた大切な人だけが映った。
……あぁ、好きだ、好きだ。警察組織という性悪説の世界に生きている自分だが、この人とこの人への想いだけは、何があっても疑わない、揺らがない。こんな僕を理解し、信じ、大切に思ってくれているこの人のすべてを受け止めたい。守りたい。1秒たりとも目を離したくない……。
「……ショーン……ッ、」
「……ん?」
視線がねっとりと交わる。ショーンは余裕なさげに、けれどもこの上なく色っぽく唇を歪め、目を引き絞った。その顔に細い指で触れ、彼とは違った不恰好な笑みを向け、鼻声で愛しい男の名をもう一度囁いた。
「激しくして……もっと気持ち良くなって、僕のなかでイッてほしい……」
この後に及んで理性が残っているわけがなかった。こんなに明るい時間から、何の躊躇いもなくはしたないことを口にし、ショーンを煽る。それさえも興奮材料だった。ショーンのペニスを締めつけ、彼を追い込み、切羽詰まったように喘ぐ彼を見て、愉悦に浸る……。
「……いやらし」
「ンッ! あ、アァッ……あああ……っ!」
「そんな可愛いこと言われたら、ねぇ……」
「あんっ……は……ッ、あっ、ア……」
ショーンの顔つきが変わった。本能のみで生きる獣のような目になった。暴れる、という表現がぴったりくる律動で腹のなかを犯される。ぐちゅぐちゅとローションの卑猥な音、太もも同士が激しくぶつかる音が鳴るなか、荒波のような快感に身を任せ、たかが外れたかのようにポールは乱れた。小さくなった自分の竿や陰嚢が腹の上でふるふると揺れ、全身から露のような汗がだらだらと流れ、飛び散る。
「あぁ、ッ……あ、ン……いく、いく……ッ!」
「……っ……!」
「ショ、ン……、出し、て……、なかに……っ」
程なくして、ショーンはきつくポールの身体を抱き、奥の奥で動きを止めた。力がふっと抜けたような、柔らかな吐息と声を漏らし、ショーンが法悦へと溶け込んでいく様子を、涙でぼやけた双眸でとらえながら、ポールもまた三度目の高みにのぼりつめていた。
首から下が大きく仰け反り、ひくひくと痙攣し、唇は戦慄く。泣きじゃくるような濁った声が勝手に出る。両腕は筋肉が張った広い背中にしがみつくように回され、両脚も腰のあたりに絡みついていた。……1ミリたりとも、ショーンと離れていたくなかった。汗だくで灼けそうに熱い肌と肌の境目が分からないほどに、彼とくっついていたかった。互いの、皮膚を突き破らんばかりの激しい心臓の鼓動を感じ、繋がった箇所の蠕動と痙攣を感じていたかった。
情事の終わりはいつもそうだった。きっと、ショーンも同じようなことを思ってくれているから、こうしてどこへも行けないくらい、強く抱きしめてくれるのだろう。……乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと目を閉じると、最中の時とは違う涙が眼球に満ち、まなじりから流れ落ちていった。
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