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第3話

「ただいま」と言って彰彦が自宅の玄関を開けると、家の中からマオが出て来て深く一礼した。 「お帰りなさいませ、彰彦様」 「マオ、今日は君に贈るべきものがある」 「──っ!?」 マオは一礼したまま息を詰めた。 彰彦は毎年マオの誕生日を覚えてくれていて、プレゼントを買ってくれる。 それをマオは受け取ったことがない。 嬉しくない訳でも、遠慮している訳でもなく、貧困層の都合上断っているといったところだ。 「誕生日おめでとう。文字が読めるようになる本を買ってきた。俺が休みの日に、少しずつ読み書きを教える」 なんて嬉しいプレゼントなんだろう。 昼間庭仕事をしながら、「文字が読めるようになりたい」と願った身であればこそ、このプレゼントには心を大きく揺さぶられる。 だが、受け取ってはいけない。 貧困層はいつ売りに出されてもおかしくない身で、今の雇用主に必要以上の愛着を見せてはいけないことになっている。 ここで彰彦からのプレゼントを受け取って、毎週文字を教えてもらったりしたら、売られた時の辛さは計り知れないだろう。 「彰彦様、お気持ちだけで……」 「また受け取らないつもりか?」 「気持ちだけで十分だ」と言おうとするマオを遮り、彰彦が先回りをする。 できることなら受け取りたい。 文字が読めるようになれば、マオの世界はもっと広がることだろう。 しかし、世界が広がれば見る夢もまた大きくなる。 もしかしたら、彰彦はマオをどこへも売ったりしないんじゃないかと、期待するようにもなるだろう。 「……申し訳ございません」 「何が気に入らない?」 「いえ、そのようなことは……お気持ちだけ、いただいておきます」 「俺に文字を教わるのは嫌か?」 今年はやけに食らいついてくるなと、マオはようやく折り曲げていた身体を戻して彰彦と向き合った。 その瞬間、向き合うんじゃなかったと思った。 彰彦は美麗な顔立ちを哀しそうに歪めており、マオの心をチクリと刺したからだ。 「何が不満なんだ、言ってくれなければ分からないだろう?」 富裕層のアンタに何が分かるんだと、マオは内心毒づいた。 いつ売られてもおかしくない身であればこそ、余計なことはして欲しくない。 誕生日プレゼントは確かに嬉しいが、手放しでそれを喜べるのは富裕層だけで、貧困層であるマオが同じように喜べるはずがないのだ。 「今日で20歳だろう?」 「っ!?」 「成人したんだ、文字くらいは読めるようになれ」 自分の年齢まで覚えていたのかと、マオは目を見張った。

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