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第6話

マオは一通り彰彦の話を聞き終えたところで、最後に「よろしくお願いします」と頭を下げた。 それにしても、彰彦がマオに文字を教えてくれるなんて。 昼間願っていたことが、夜には現実になっているのだから、こんなに素晴らしいバースデープレゼントはないとも思う。 「マオ」 「はい?」 「これまで、なぜ誕生日プレゼントを受け取らなかった?」 それは貧困層の出だからだ。 人身売買の商品として、人間性を踏みにじられた存在だからだ。 彰彦の家に来る前のマオは、愛玩として飼われていた。 家事も炊事もしなくていい、ただご主人様の夜のお相手だけをするという仕事だった。 辛かった。 好きでもない人に身体を蹂躙される毎日に、早く終わりが来ないものかと途方に暮れていた。 だがそんなもの好きなご主人様も、マオが15歳になると「お前なんていらない」と言い出した。 どうやらあのご主人様の守備範囲は15歳未満の男子だったらしく、マオを売って別の男を買っていた。 だから彰彦に買われた時も、もしかしたら愛玩として飼われることになるのかと警戒していら。 しかし彼はそんなことをしろとは一言も言わず、家事と炊事、庭仕事をやってくれればそれでいいと言ってくれた。 マオが彰彦に対して頑なになるのは、前の飼い主がロクでもない男だったからだ。 彰彦はそんな人間ではないと信じてはいるが、人は唐突に変わる生き物であることを身をもって知っている。 だからこそ、マオは常に「いつかは離れて行ってしまう人」として彰彦を見ている。 プレゼントを受け取らないのも、愛着がわかないように、離別の時に哀しくならないように、自分を守っているのだ。 「彰彦様は知らずにいていい理由です」 「納得できんな」 「生まれが違いますから……」 「──っ!?」 思い切り、横っ面を引っ叩かれた感覚。 そういえば、彰彦はマオの個人的なことを何一つ知らない。 誕生日を覚えていたのは、マオを買う時に仲介人から教えてもらったからに他ならない。 「貧困層の生活というのは、俺達とはそんなに違うのか?」 「さあ、どうでしょう」 「誤魔化すな」 「あなたはあなたのままでいい。貧困層の真実など知ったところで、面白いことなど何一つありませんから」 マオはそう言ったきり、「ではおやすみなさいませ」と言って部屋を出て行った。 室内に取り残された彰彦は、貧困層に位置する者達がどういう日々を送っているのかよりも、マオがここに来る前どういうところにいたのかが気になった。

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