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第9話

詩織はじっと写真を見つめていたが、やがてそれをカウンターの上に置き、メモ帳を取り出した。 「この子について知っていること、何でもいいから教えてくれる?」 彰彦は思い付くままに言葉を紡ぐ。 昨日が誕生日で、成人したということ。 プレゼントとして「文字を教える」と言ったところ、それを承諾してくれたこと。 過去4回の誕生日プレゼントはもらってもらえなかったこと。 料理が上手なこと。 気が利くこと。 「過去4回もプレゼントを用意してたの、三田村ちゃん?」 「ああ」 「随分と優しいご主人様なのねぇ」 貧困層は富裕層からの贈り物を決してよく思わない。 施しを受けてしまったら、売られた時に哀しくなるということを知っているからだ。 詩織はプレゼントのことはひとまず置いておき、気になることを訊いてみることにする。 「このマオちゃんが昔仕えていたご主人様って、1人だけかしら?」 「多分……そうだと思う」 彰彦も、実はマオを引き取る前のことはほとんど知らない。 まあだからこそ、ここへ来て彼の過去を調べて欲しいと依頼している訳だが。 「こういう子の過去を調べるのって、正直あんまりオススメしないわ。特に三田村ちゃんみたいないいご主人様には」 「なぜだ?」 「相当後ろ暗い過去を持ってる子もいるからよ。いいの?とんでもない過去が出て来ても、嫌わない自信はある?」 「もちろんだ」 詩織は溜息を一つ吐くと、ウォッカを一気にあおった。 正直、この手の話は苦手中の苦手だ。 今でこそ富裕層の仲間入りを果たしている詩織だが、元は貧民層だったからだ。 しかも彰彦が見せてくれた結城マオの写真は、詩織に嫌な予感しかもたらさなかった。 これだけ綺麗な顔をしていたら、貞操が無事ではないのではないか、と──。 夜9時、そろそろ彰彦が帰る頃だろうか。 マオはコンロに火を入れて、シチューを温め始めた。 今日は仔牛のテール肉を使ったシチューと、自家製パンだ。 パンの方は今まさに焼き上がったところで、鉄板の上でシューシュー音を立てている。 「ただいま」 彰彦の声が聞こえると、マオはコンロの火を消して玄関へと走る。 「おかえりなさいませ、彰彦様」 身体をくの字に折り曲げて主人のそう言えば、彰彦はすぐに靴を脱いでスリッパに履き替えた。 「いい匂いがするな。今夜のメニューは?」 「仔牛テール肉のビーフシチューと自家製パンです。少し遅い時間ですので、このくらいのボリュームならと」 「ああ、ありがとう」 彰彦は何事もなかったかのように、鞄をマオに預けた。

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