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第10話
風呂と着替えを済ませ、ダイニングルームへと下りて行けば、マオが熱々のビーフシチューと焼きたてパンを盛り付けて待っていてくれた。
彰彦は椅子を引き出して座り、目の前で手を合わせ「いただきます」と一言。
まずはスプーンでシチューを掬い取って食べてみた。
「美味いな。マオは食べないのか?」
問われると、キッチンの片隅に座っていたマオは、話しかけられたことに驚く。
こんなことを訊かれたことがないので、どう答えていいのか言葉に詰まってしまう。
「そう言えば、いつも食事はどうしているんだ?」
「えっと……仕事の合間に……適当に……」
「俺と同じ物を食べているんだろうな?」
「え?ま、まさか、そんな……」
ご主人様と同じ食事など、マオのような使用人が摂れるはずがない。
いつも食しているのは、彰彦用の食事に使った食材の切れ端を適当にアレンジした料理だ。
「なら、今後は俺と同じ物を食べろ」
「いえ、それは……さすがにできかねます……」
「俺の命令であってもか?丁度いい、明日から文字を教える予定だろう?食事も一緒に摂ることにする」
命令だと言われれば、頷くしかない。
それにしても、今日の彰彦はどうしてしまったのだろう。
いつもマオが何を食べているかなど気にしないのに、これからは同じ物を食べろだの、一緒に食べようだの、マオにとっては青天の霹靂でしかない。
だが彰彦は彰彦で、これまでぞんざいにマオを扱っていたのではと悩んでいた。
BARで詩織に「この子のことで知っていることを教えて」と言われた時、ほとんど何も言えなかったからだ。
使用人に対して過度に干渉しないようにしていたが、いささか距離を置き過ぎたかと反省してもいる。
「マオ、いいな?」
「承知いたしました。では明日より、夕食を共に摂らせていただきます」
「いいや、朝食もだ」
「え……?」
朝食も一緒に、というのはさすがに気が引けた。
この家の主の一日の始まりを、使用人などと過ごしていいはずがない。
「朝食も、というのはちょっと……」
「朝食を食べるのは苦手か?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、彰彦様のご昼食の準備がございますので」
暗に時間を作れないと言ってやれば、彰彦は案外簡単に引っ込んだ。
「お前の弁当がないと、困るからな」
よかった──、とマオは内心胸を撫で下ろした。
だが夕飯を一緒にということは、いつも適当なマナーでもって食べているのを改めなければならないだろう。
何せマオには大したマナーなど備わっていないのだから。
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