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第13話
彰彦のマオへの文字教育は、約束したあの日からスタートしていた。
マオは飲み込みが早く、教えれば教えた分だけ吸収していく。
本人曰く「彰彦様の教え方が上手なんだと思います」ということだ。
「三田村ぁ、マオちゃんとの夜は上手く行って……いてぇっ!?」
杉本が妙な言い回しをすれば、彰彦は手にしていた新聞を丸めて友人の頭を殴る。
「んだよ……人が気にして訊いてんのによ」
「だったらもっとそれらしい訊き方をしろ」
「わーたよ。あの子、ちゃんとお前の授業について行けてんの?」
「覚えが早いので、当初予定していたスピードを変えたくらいだ」
マオは元々それほど頭が悪い訳ではないのだろう。
それに、何より素直だ。
彰彦の教えを忠実に実行し、仕事の合間にやっておくように言い渡した課題を、ちゃんとやっている。
「マオの世界が広がるだろうな」
「ふぅん……世界が変わろうって時に、世界が広がるっつーのも、どうなんだかな……」
「世界が変わる?」
「そうそう。お前、何のために新聞買ってんの?一面にデカデカと載ってんじゃん」
彰彦は丸めた新聞を元に戻すと、一面の記事の見出しを見て息を飲む。
ついに国は人身売買制度を廃止する法案を可決し、1ヶ月後から徹底廃止のために警察を動かすとあったからだ。
それから、一面の端っこの方に「同性婚、ついに認可される」という記事もある。
「どうよ?」
向かいの席で彰彦の反応を観察していた杉本が、興味津々といった風に訊いてくる。
「どう、とは?」
「人身売買制度が廃止される1ヶ月後に向かって、お前は動いておかなくていいのか?」
「意味が分からないな」
「だからさぁ、マオちゃんのこと。売るなら今だぜ」
それは、とんでもなく衝撃的な台詞だった。
マオを売る──?
そんなことは考えたこともなく、当然するつもりもない。
「杉本、お前がもし使用人を住まわせていたら、売りに出すのか?」
「俺は、多分そうする」
「なぜだ?」
「面倒を背負い込むのはご免だからな。使用人の将来まで約束してやれる保証がねーんだよ」
だが杉本も彰彦も富裕層で、ハッキリ言って一生遊んで暮らしていける身だ。
たかが使用人1人くらい背負えないはずがない。
そう彰彦が反論すれば、杉本は呆れたとばかりに返してきた。
「そうじゃなくて……俺は結婚したいと思うワケだ。相手は今はいないが、そのうち見付ける。嫁をもらっても尚使用人が必要かって考えるとさ、そうでもねーだろってのが本音なんだよ」
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