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第14話

人身売買を撤廃するということは、国内の富裕層と貧困層というヒエラルキーを撤廃することと同義だ。 では、これまで富裕層に飼われていた貧困層は、どうやって食べていくのだろう。 このオフィスビルからさして遠くない場所に、貧困層が巣食うスラム街があると聞く。 彰彦は足を踏み入れたことがないのだが、もしマオを手放してしまったら、彼はそこで生きていくことになるのだろうか。 雨露もろくにしのげず、冬に暖を取ることもできず、そこで老いて朽ちてしまうのだろうか。 国はどこまで貧困層への援助を検討しているのだろうか。 「国がそんなモン検討するかよ。人身売買の廃止だって、他国から『非人道的』とか言われたから、体裁保ちたいだけだろーよ」 「それじゃあ、根絶は……」 「んなモン夢のまた夢だ。恐らく今後は闇市で行われる……けど、ポリスの目を気にしながらだ。これまでみたいにオープンにはできなくなる」 そういうことかと、彰彦は新聞をデスクの上に叩き付けた。 その乱暴な仕草を目にした杉本が、目敏く問いかけてくる。 「マオちゃんのこと、どうすんだ?」 「……」 正直、自身の結婚のことなど全く考えていなかった。 だが彰彦は今28歳、すっかり適齢期の枠の中に入っている。 じゃあもし自分が結婚したら、マオを手放すのか。 そんなことは考えられない。 なぜ、と問われると上手く返答できそうにはないが、なぜだか手放したくないという気持ちが胸の中に強く根付いている。 「売らない」 「マジですか……」 「マジだ。なぜ、とは聞かないでくれ。俺にも理由がよく分からないんだ。ただ直感で手放す訳にはいかないと思っている」 薄々気付いていたことだが、彰彦はどうやらマオに恋をしているのではないだろうかと、杉本は思う。 本人がいつそのことに気付くのかは知らないが、十中八九そうだと見て間違いない。 そうでなければ使用人の一生を背負うような発言などしないだろう。 「人身売買撤廃と関係あんのか知らねーけど、同性婚も認められてよかったのかもな……」 杉本の意味深な発言は、彰彦の耳には届いていなかった。 彰彦は教えるのが上手だ。 マオは一通り午前中の仕事を終えると、ダイニングテーブルの上に勉強道具を出して、文字の勉強をし始める。 昨日言い渡された課題は、「ありがとう」と書けるようになること。 右手にペンを握り、本を見ながらノートに文字を綴っていく。 マオは今、「文字が書けつつある自分」という現実に、とても満足していた。

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