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第15話
その夜、彰彦はマオと共にディナーに舌鼓を打ちながら、「勉強はどうだ?」と訊いてみた。
昼間のマオの仕事は結構多く、彰彦がマオに言い付けている課題の量が適切かそうでないのかを探りたいと考えてのことだ。
「楽しいです……今日は『ありがとう』って書けるようになりました」
「ほう、昨日教えたばかりなのに、早いな」
「嬉しくて、つい夢中で勉強してしまうんです」
今日の夕食はポークカツレツとライス、サラダとスープだ。
マオにしてみれば、勉強の片手間に作れてしまう、至ってシンプルな料理だった。
彰彦は慣れない手付きでカツレツをナイフで切るマオを見つめ、苦笑した。
「マオ、マナーのことは気にしなくていい。好きなように食べなさい」
「え……?」
「自分の食べ方というのがあるのだろう?俺の前だからと言ってマナーを気にする必要はない」
そういうものなのだろうかと、マオは一瞬躊躇うが、ここは彰彦の言葉に甘えさせてもらおうと、ナイフを置いた。
マオは大抵の物はフォークで食べてしまうので、ナイフは邪魔でしかなかったのだ。
「それほどマナーを逸脱した食べ方ではないな。昔のご主人様に躾けられたのか?」
「──っ!?」
昔のご主人様──。
マオのこれまでの人生の中で、一番思い出したくない人物。
顔を思い出しただけで吐き気が込み上げてくるほどだ。
「マオ、どうした?」
「いえ、すみません、俺はもう食事はいいです」
「まだ半分も食べていないだろう?」
「食べる気が……なくなりました」
マオはそう言い残すと、自分の食事をキッチンに持って行き、残った食事を捨て始める。
そんな彼を、彰彦は注意深く見守っていた。
今、マオは確実に「昔のご主人様」という言葉に反応した。
そしてみるみるちに顔色を悪くし、食欲が失せたと言って食事を捨てている。
「マオの過去には、謎が多過ぎる……」
食事を残してしまったマオだが、勉強への意欲は失われてしないらしい。
夜8時になると、彰彦の部屋がトントンとノックされる。
「入れ」
「失礼します」
はにかんだような笑みを見せるマオは、さっき顔色を悪くしていた彼と同一人物とはとても思えない。
「彰彦様、今日もよろしくお願いします」
「ああ、座ってくれ」
2人はソファに並んで腰を下ろす。
まず彰彦が課題をこなしているかどうかをチェックし、その進捗の度合いを見てその日教えることを決める。
思った通り、マオはきちんと課題をこなしており、彰彦は次のステップへ進めるべく、背筋を伸ばした。
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