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第16話

『人身売買制度の完全撤廃まで、あと2週間を切りました』 マオは洗濯物を干しながらラジオをつけていて、そんなニュースが流れてくるなり、抱えていた洗濯物を地面に落としてしまった。 人身売買制度がなくなるのは、いいことだ。 だが、その制度がなくなったら、マオは彰彦の下で働き続けることができるのだろうか。 「また、売られるのか……俺は……?」 怖い。 あと2週間で法整備が整うというのに、彰彦は普段と何ら変わらない。 だからこそ恐怖を感じる。 穏やかな表情は表向きのものかもしれないと考えると、いたたまれない。 「なんで、俺は貧困層の生まれなんだ……」 落とした洗濯物を拾い上げたマオは、それに顔を押し付けながら涙を零した。 相も変わらず今日もヒマだ。 まあ金持ちの道楽で株を転がしているのだから、金に困っている人間とは株式投資に対する思い入れは違ってくる。 そんな中、彰彦の携帯が着信音を放ち始めた。 勤務中に携帯が鳴るのは珍しいと思いながら、パソコンのモニターから目を逸らすことなく応じる。 「はい」 『ああ、三田村ちゃん?詩織だけど』 思いっきり男の声で「詩織だけど」と言われると、ちょっとばかり寒気がするが、「どうした?」と訊くことでやり過ごす。 『頼まれてた調査が終わったわ。いつ店に来られるかしら?』 「そうか。なら今日行く」 『じゃあ、貸切にして待ってるわ』 電話はそこで切られた。 隣では杉本が珍しいとばかりに彰彦の横顔を見つめている。 「なんだなんだ、デートか?」 「いや、違う」 「訳ありっぽかったじゃんか?」 「マオの過去には謎が多くてな。調査を依頼していたんだが、その結果が出たらしいので夜聞きに行くことにした」 またマオかよ、と杉本は頬をぽりぽりと掻いた。 使用人に少し入れ込み過ぎではないだろうか。 「なぁ、三田村?マオちゃんの過去なんて知ってどうすんだ?多分ロクなモンじゃねーぞ」 「そうかもしれない。でも、知りたい」 「知ってお前は満足なんだろうが、マオちゃんはどう思うだろうな?」 「マオの前では口にしない」 さて、果たしてそれはどうだろうなと、杉本は呆れ顔で彰彦の横顔を見つめた。 「口にしない」と言い切れるのは、まだ彰彦がマオの過去を知らないからだ。 本当に悲惨な過去であったら、果たしてポーカーフェイスを保てるのだろうか。 何事もなかったかのように、これまでと同じ調子でマオと話すことができるのだろうか。 杉本は言いたいことを言わずして、自分のパソコンに向き合った。

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