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第18話

彰彦からの電話を切ったマオは、その場にうずくまった。 勉強をする気になれない。 家事も炊事もどうでもいい。 彰彦はただ「接待」としか言っていなかったが、もしかしたらマオを売る算段を整えるつもりなのではないのだろうか。 仮にそうであっても、何らおかしいことはない。 なぜならあと2週間もすれば、マオを売りたくても売れなくなってしまうからだ。 「怖い……」 否、彰彦はマオを売ろうとするだろうか。 もしかしたら、ここから追い出してあの貧困層の巣窟であるスラム街へ帰れと言うかもしれない。 だが心ない主人に好き勝手にされるよりは、スラム街に戻った方が気楽であることは確かだ。 あそこには、マオと同じ事情で、同じ悩みを抱える者が多い。 食うに困り、雨露をしのげず、まともに暖を取ることすらできないが、そのくらいの不便さには慣れているつもりだった。 彰彦は午後6時に詩織の店を訪れた。 今日も貸切にしてもらったので、店にはそう書かれた札がぶら下がっている。 行ってみて驚いたのは、詩織の方が先に何杯か引っ掛けていたことだった。 「どうしたんだ……?」 いつもの詩織ではないと直感した彰彦は、カウンターのスツールに座ってグラスを傾ける詩織の隣に座った。 「どうもこうも……ホント、貧困層の経歴調査なんてするモンじゃないわよ」 詩織は立ち上がってカウンター内に入っていくと、「今日はテキーラにでもしておいた方がいいわよ」とぶっきらぼうに言ってきた。 「空腹なのにテキーラなんて強い酒は飲めない」 「じゃあスナックを出してあげる。お料理じゃないんだから、いいでしょ?」 詩織も彰彦がこの店で食事をしないことは心得ている。 もちろん、なぜ食べないかについての理由も、知っていた。 彰彦の前に、テキーラの酒瓶と小さなグラス、ナッツ類とチーズを盛り付けた皿が置かれた。 「このくらいなら、家に帰ってマオちゃんの料理を食べられるわよね?」 「あ、ああ……というか、何があったんだ?」 「それはテキーラを1杯あおってから言わせてちょうだい」 詩織は自分のグラスと彰彦のグラスに、少量のテキーラを流し込む。 「はーい、かんぱーい!」 小さなグラスをカチンと合わせ、2人は喉が焼けるような強い酒を射の中に流し込んだ。 彰彦はこれでは胃がやられてしまうと、チーズを何切れか口にした。 「美味いな」 「三田村ちゃんはグルメだから、いいチーズを切っておいたのよ」 棘のある物言いに、彰彦はついつい詩織の横顔をまじまじと見つめてしまった。

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