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第20話
夜目を潰す──。
人は暗い場所でも、見ているうちに闇に慣れ、そこそこ動けるようになる。
それがいわゆる夜目というやつだ。
しかしもしかしたらマオはその夜目を潰されているかもしれないという。
「マオが何をしたって言うんだ……」
彰彦は拳を握り締めた後、ギリ──、と奥歯を噛み締めた。
「なんだって、ロクでもないヤツの玩具にされなければならない……?」
「富裕層には、一生理解できないことだわ」
「ッ!?」
元貧困層の詩織は、彰彦の怒りを冷めた目で見つめていた。
「たとえ愛玩であったとしても、スラム街よりはましなのよ。食べ物に不自由しない、着る物もあてがってもらえる、あわよくばお給金ももらえるんだもの」
「お前も……そうして買われていたのか?」
「まあ、アタシはマオちゃんみたいな美貌を持っていないから、ただの使用人だったわ。でもね、だからこそスラム街で顔立ちのいい子を見ると、不憫でしょうがないの」
いつか高値で買われていくのだろうと分かるからだ。
そして、いつか貞操を穢されると分かってしまうからだ。
「三田村ちゃん、あと2週間で人身売買が廃止になるの、知ってるわよね?」
「ああ」
「マオちゃんのこと、どうするつもり?」
「どうもしない、今のままだ」
そう聞くなり、詩織は「はぁ」と重い溜息を吐いた。
「理由がいるわ」
「理由?」
「なぜマオちゃんを手元に置いておきたいのかについての理由よ。ちゃんとした理由がないと、重荷になるわよ」
そう言えば、杉本にも会社で似たようなことを言われた。
だが、どうしてそれほどに理由に拘るのだろう。
マオの作る料理は美味しく、家事も炊事もそつなくこなしてくれ、彰彦にしてみれば不満などどこにもない。
「不満がないから、売らない……というのは、理由にはならないのか?」
「ならないわね。もっと確固たる気持ちがないと」
「例えば?」
「そうね……まぁマオちゃんが好きだから、ってことなら、ずっと一緒にいられると思うわ。もちろん、恋愛的な意味でね」
彰彦は思い切り両目を開き、詩織の横顔を見つめるが、どうやら嘘を吐いている訳ではなさそうだ。
マオを恋愛対象として見る──?
考えたこともない、突拍子もない発想だった。
だが、不思議なことに「男を相手に気持ち悪い」という気持ちにはならなかった。
むしろこれまでマオに尽くしてきたのは、そういう感情が根底にあったからなのではとも思える。
だとしたら、彰彦はこれまで重大なことを見落としたまま、マオと接してきたことになるのだろう。
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