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第22話
やはり自分は売られるのだろうか。
風邪薬を買って思いやる素振りを見せておきながら、一方では「様付けで呼ぶな」と言う。
マオを健康体で売るため、主従関係を解消したいと考えているのだと解釈して間違いなさそうだ。
「では、これからは貴方様をどのようにお呼びすれば……?」
「呼び捨ては抵抗があるだろうから、『彰彦さん』というのはどうだ?」
もちろん彰彦はマオの心中などこれぽっちも分かっていない。
詩織が語ったマオの過去は確かに反吐が出るほど薄汚いものだが、今のマオはそうじゃない。
彰彦は一度だって彼を性処理道具として使おうと考えたことはなく、今後もそれは変わらないのだ。
だからこそ、マオの「売られるのでは」という怯えに気付くことができない。
「俺とマオの年の差は8歳だ、別におかしい呼び方ではいだろう?」
「はあ……ですが、少々躊躇ってしまいます」
「何を躊躇う?」
「ずっと彰彦様とお呼びしていましたので、急に変えろと言われましても……」
なるほど、確かに今すぐ呼び方を変えろというのは、少々強引かもしれない。
「じゃあ、2週間ほどで慣れてくれるか?」
「え……?」
「そのくらいあれば、スムーズに名を呼ぶことができるだろう?」
2週間──。
それは国内から人身売買が表向きに撤廃される日だ。
彰彦はその日を狙ってマオに呼び方を変えろと言っている。
言い換えれば、その日までは呼び方を変えなくていいということだ。
ならば今まで通り、様付けで呼ぶことにしようとマオは思った。
どうせ呼び方を変えたところで、手放されるか売られるかの未来しか残されていないのだから、相手がどう感じようがマオには関係のない話だとも考えていた。
彰彦は湯船に浸かりながら、詩織から聞いたマオの過去に想いを馳せていた。
酷い、などという言葉では形容し難い過去だった。
詩織がテキーラをあおりながら喋ろうと思うのも、無理からぬことだろう。
「あの、彰彦様」
ひたすら湯に浸かっていると、脱衣所からマオの声が聞こえてきた。
「どうした?」
「文字を教えていただくことですが、もう終わりにしてくださって構いません」
「──っ!?」
「俺には、やはり文字は必要ないので」
そこまで聞いたところで彰彦は浴槽内に立ち上がり、タオルを腰に巻いたまま脱衣所へのドアを開けた。
「なぜそんなことを言う?まだ勉強を始めて間もないんだぞ?」
「あ、あの……」
服の上からでは分からなかった、筋肉質な彰彦の身体を目の当たりにしたマオは、顔が赤くなるのを自覚していた。
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