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第25話
マオは自室に戻ると、小さな室内をくまなく見回した。
ここに来てから5年、ずっとこの部屋で自分の時間を満喫してきた。
ありがたいことだと思う。
彰彦はマオがこの部屋で何をしようが、「好きにくつろげばいい」と言って、踏み込もうとはしなかった。
今思えば、5年前に彰彦に買われた時、彼の美麗な顔立ちに惹かれ、知らぬ間に恋に落ちていたのかもしれない。
「だからこそ、あなたとは一緒にいられない……」
マオの代わりに料理を作ってくれる人を、彰彦なら探せるだろう。
その人はいずれ彼の妻となり、母となって子を授かるかもしれない。
そんな空間に、マオはいられる自信がなかった。
彰彦が好きだからこそ、彰彦の視線を独り占めしたい。
誰であれ彼の視線を集める人を、きっと快く思ってやれない。
マオは小さなボストンバッグに必要な物を詰め込み始める。
文字習得のための教材はどうしようかと考えるが、持ち歩くには重過ぎるので置いて行くことにした。
バッグに詰めたのは、着替えと文字の練習のために使っていたペンだけだ。
マオは自室の電気を落とすと、そっと玄関を開けて外に出た。
「何も見えない……」
そんなことはこんな時間に出て行こうと決めた瞬間から、分かっていたことだった。
夜目が利かないマオには、この家の門までの感覚しか植え付けられていない。
だがそれでいいのだ。
彰彦よりも庭の手入れに時間を費やしてきたマオは、この家の庭の仕組みを誰よりも理解している。
マオはバッグを左手に持ち、右手を腰の辺りで浮遊させる。
カサ──、と手が植物に触れた。
「ここだ……」
マオは手で触れながらそこへ近付くと大きく足を開いてその植え込みの上を跨ぎ、塀に背を預けてうずくまる。
ここは門から一番近い植え込みで、マオくらいの身長の人物が座り込むと、どこからも見えなくなる。
つまり死角という訳だ。
ここで朝までやり過ごし、出て行くことにしよう。
暑くもなく、寒くもなく、穏やかな風が髪を揺らすこの夜、マオは彰彦との離別を決意し、植え込みの陰でゆっくりと瞼を下ろす。
それにしても、彰彦の胸は逞しかった。
何かスポーツでもやっていたのだろうか、やたら胸板が厚くて、彼の鼓動が頬に直接伝わってきて、「この人になら抱かれたい」とまで考えてしまった。
「彰彦様……好き……です……」
どうせ別れるのなら、やっぱり「好き」だと言っておくべきだったのだろうが、穢れた身であればこそ、どうしてもい言い出すことができなかった。
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