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第26話
ジリリ──。
目覚まし時計の音が鳴り響くと、彰彦は寝ぼけ眼のまま手を頭上へ這わせ、時計のアラームをオフにした。
だがいつもアラームが鳴り終えて「おはようございます」と入室してくるマオが、今日は来ない。
「まさか、風邪が悪化したのか……?」
そう言えば、昨夜薬を渡しただけで、いつどれだけ服用するのかを教えていなかった。
文字を覚えたてのマオでは、あの用法を読むのは困難だろう。
「迂闊だった……」
彰彦はバスローブを纏って1階に下り、マオにあてがっている小さな部屋のドアを2回ノックした。
内側からの応答はない。
動けないのだろうか。
彰彦はそろそろとドアノブを回し、少しだけ開いて内側の様子を見るが、その瞬間息が詰まった。
ベッドの上に几帳面に折りたたまれたリネン一式と、彰彦が文字を教えるためのテキストが積まれていただけで、マオ本人はどこにも見当たらなかったからだ。
じゃあ、別の場所にいるのだろうか。
彰彦は今度はキッチンに足を運んでみるが、やはりマオはいなかった。
「マオ……、どこへ行ったんだ!?」
勝手口に彼の外履きがないことを確認すると、彰彦は慌てて身支度を整える。
一刻も早くマオを見付け出さなければ、とんでもないことが起こる──、そんな予感がしていた。
マオは彰彦が目覚める数時間前に目を覚まし、空が白んできた頃になって、ゆっくりと移動を開始していた。
どこへ行こうか。
行きたいところはたくさんあるはずのに、なぜだか一つも候補が思い浮かばない。
やはり行き着く先はスラム街なのだろうか。
ふらりふらりと歩くマオは、やっと少しだけ自由を得た気分になっていた。
どこへ行ってもいい。
いなくなってもいい。
もう誰もマオを必要とはしないし、マオだって彰彦以外の誰かを必要とはしない。
「彰彦様……」
どうしても、足が止まってしまう。
一度抱き締められただけなのに、あの人の腕の中にずっといたいと願う自分がいる。
どうして彼は富裕層で、自分は貧困層の出生なのだろう。
同じ人間なのに、金の有無で身分が決まってしまうこの世界の仕組みが鬱陶しい。
金を持つヤツが偉い──。
彰彦に買われる前のマオは、ずっとそう思っていた。
榊はまさに金にモノを言わせて好き放題にしていたからだ。
だが彰彦は違った。
金はあるのだろうが、マオの前で札束をチラつかせるような真似はしなかったし、毎月定額の給金をくれていた。
だから今のマオは無一文という訳ではない。
彰彦からもらっていた金はほとんど使っていないので、ATMさえあれば財布を潤わせることができるのだった。
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