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第30話
ヤバイ、ヤられる──。
榊の力はマオが思っていたよりも強く、隙を見せる気配がない。
もう上半身はほとんど裸で、榊の手はマオのジーンズを捉えようとしている。
「そこまで!警察よ!」
上に乗った榊の動きが止まり、次にマオが美女に助け起こされる。
榊の方は警察の制服を纏った連中に取り押さえられていて、「何しやがる!」と喚いている。
「アナタ、結城マオちゃんね?」
「──っ!?」
「アタシのことは、詩織って呼んで。男だけど心は女よ」
ウィンクをされると、マオはきょとんとした顔で詩織を見つめた。
どうして助けてくれたのだろうと疑問だったからだ。
「ああ、これを羽織っていなさい」
詩織はバッグの中から大判のスカーフを取り出すと、マオの肩にかけてくれた。
「あ、ありがとう……ございます……」
「いいのよ。さ、行くわよ」
「え?あの、どこへ……?」
「アタシの家よ。その恰好じゃ出歩けないでしょ?」
まあ、言われてみればその通りなのだが、マオだって着替えくらいは持っている。
そう反論してみれば、詩織はカラカラ笑った。
「泥だらけの身体で着替えなんて、清潔じゃないわ」
ああ、そう言えば路地の泥が身体に付着してしまっている。
「お風呂を使わせてもらえるんですか?」
「もちろんよ」
ならばお言葉に甘えようと、マオは詩織の一歩後を歩くことにした。
「あの、詩織さん?」
「なぁに?」
「いえ……見た目は女の人なのに、声が違うから……その、どこまでが女の人なのかなって」
詩織は苦笑しながらマオの質問に応じた。
「身も心も女のつもりよ。まあこの声で男だってバレるのが哀しいけど」
「えっと……すみません」
「いいのよ。アナタ、貧困層の子?」
「はい」
「そう。アタシも昔そうだったわ」
え──?とマオは顔を上げた。
昔は貧困層だった──?
じゃあ今は富裕層なのだろうかと問えば、詩織は「そうよ」と笑う。
「ど、どういうことですか?」
「アタシもね、昔は富裕層の下でお給金をいただいて働いてたの。でも、何だか負けっぱなしの人生って悔しいじゃない?だからね、お給金をなるべく使わないで、富裕層になったのよ」
そんな人生があるのかと、マオは横っ面を殴られたような気分になった。
同時に、これまでの自分がいかに受け身だったのかを思い知る。
自分で運命を切り開こうともしないで、ずっと諦めてばかりだった。
だが人は努力することができる。
諦めずに努力し続けていれば、何らかの形で報われるのだということを、詩織が教えてくれた。
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