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第2話

考え事をしながら歩いていたせいか、いつの間にか奥まった場所に迷い込んだようだ。校内のパンフレットを持っていないので現在地が把握できない。 あたりを見回しても購買は見当たらない。それどころか人っ子一人居なかった。諦めて帰ろうとしたが、教室のある棟や出口の方向が分からない。 このまま迷い続けるのか。そんなことを考えていると、少し離れた所に人影が見えた。 自分と同じ学ランを着た彼は早歩きで建物の角を曲がって行った。僕は反射的に彼の後を追う。生徒なら道を知っていると思ったからだ。 歩きながら僕はあることに気付いた。その人物に見覚えがあることを。 柔らかそうな栗色の髪に涼しげな切れ長の瞳。そして黒い制服の似合う、スラリとした体型。 僕は今朝あった入学式で、彼が在校生を代表して壇上でスピーチをしていることを思い出した。 生徒会長の彼ならきっと教えてくれるだろう。僕は駆け足で角を曲がった。 彼は脚が長いせいか歩幅が広く、僕はなかなか追いつけなかった。 縮まらない距離がこれ以上広がらないように歩いていると、ふと違和感を覚えた。僕はいつのまにかどんどん薄暗く、人気の無い場所に移動していることに。 体育館と北校舎の合間に彼はいた。 コンクリートは校舎が建ってから一度も日光に当たっていないのか、所々に湿っぽい苔が生えている。 少し湿った壁にもたれるように座る彼に話しかけようとした瞬間、とんでもないことに気付いた。彼の子供のような柔らかそうな口から煙が出ていることに。辺り一面にまとわりつくように煙草の臭いが充満している。 ─生徒会長の秘密を知ってしまった。 話しかけるのはマズイと思い、後ずさりをする。とりあえずここから逃げようとしたが遅かった。 建物の隙間から出るための狭い道が、二人の生徒によって塞がれている。一目で強いと分かる大きな体で通せんぼをしていた。 「君は一年生?もしかして、ボクのことを知っているのかな」 突然背後から肩を叩かれ、思わず振り払ってしまった。 「生徒会長ですよね。大丈夫です。誰にも言いません……」 「本当かな。イマイチ信頼出来ないなあ」 彼はニッコリと微笑みながら僕の頰を撫でる。 「どうせ無傷で逃げられないのだから、ボクの言うことを聞いてくれないかな」 「な、なんでしょう……?」 「ボランティア部に入ってくれないかな」 "ボランティア部"とはどういう意味だろう。このタイミングで部活勧誘とは考えにくい。断れば、出口を塞ぐ屈強な上級生に殴られてしまうのか。リンチされる自分の姿を想像し、全身に鳥肌が立つ。 普通、口止めのためにこんな脅しをするのだろうか。彼の要求を呑んでしまったほうがマシかもしれない。ボランティア部がどんな活動をしているか知らないが、殴られるよりは楽だろう。 僕の頰を指先で触り続ける彼に、返事をしようとした瞬間のことだった。 呻き声と共に、何か重いものが地面に落ちる音が背後から聞こえた。振り向くとそこに立っていたはずの上級生が倒れている。口元から血を流しながら。 「また君か……」 生徒会長は先ほどの様子からは想像し難い、大声で怒鳴る。鼻息を荒げながら僕を押しのけた。僕のことなんか忘れているようだった。 倒れている生徒の向こうに男が一人立っていた。立っていた上級生よりやや小柄な男は、右手首を振りながら近づいてくる。 まさか、この彼が二人の大男を倒したというのか。 その男は僕と生徒会長の目の前まで来た。 よく見ると、彼の顔には眉間から右頬にかけて円を描くような手術痕があった。鋭い目つきで生徒会長を見据えている。 「福岡、まだそんなことやってたのかよ」 「君には関係ないだろう」 生徒会長は眉間にシワを寄せる。目の前の彼の登場が面白くなかったようだ。丁寧だがトゲのある口調でこう言い放った。 「一年生、とりあえずこの話は後だね。さっさと行ってくれないかな」 僕は腰が抜けそうだったが、思い切り地面を蹴った。手を回し、夢中で駆ける。 「覚えておけよ……鬼山」 耳元を切る風の中でわずかに生徒会長の声が聞こえた。彼が聞き覚えのある名前を口にしたような気がしたが、今はそれどころでは無い。この現場から早く逃げ出したかった。

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