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第3話

「田賀、お前助からねえぞ」 そんな恐ろしい台詞のせいで、苦労して買ったイチゴミルクを吹き出しそうになる。二人きりの教室に僕の咳が響く。 咳き込みながら馬瀬の顔を睨んだ。 「僕が助からないってどういう意味だよ」 「いや……。オレがあの時教えるべきだったな」 馬瀬はこう続けた。 「この学校に鬼山先輩よりヤバい人がいる。名前は知られていないが、ソイツはグループで行動してるらしい」 「あの鬼山先輩より怖い不良がいるんだ」 「ああ。ソイツらは毎年一人、新入生の中からターゲットを絞るらしい」 「一年生を虐めるのか。酷いね」 「いや、違う」 馬瀬はキッパリと言い切った。しかしそれ以上進んで話そうとしない。 僕は待ちきれなくなって彼を急かした。 「早く教えてよ。ターゲットになった人はどうなるんだ」 「…お前にも関係ある話だからな。それでも知りたいか?」 おそらく、"名前が知られていないヤバい先輩"とは生徒会長・福岡のことだろう。目を付けられてしまった僕にとって重要な話題だ。どんな内容でも受け止められる自信があった。 「当たり前だよ。教えてくれ」 「分かった。オレも先輩に聞いた噂だから本当かは知らねえけど」 「それでもいい」 馬瀬は観念したように早口で話した。 「ターゲットにされた人は、先輩に"ボランティア活動"をさせられる。つまり奴らの性欲処理を担当することになるらしい。もちろん本人の意思を無視してな」 それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。グラウンドから聞こえる騒めきや、風の音、鳥の鳴き声などが耳に届かなくなる。暗闇の中で自分の心臓の鼓動だけが響いた。 「田賀、大丈夫か」 馬瀬に肩を揺すられてハッとする。身体から抜けかけていた魂が一瞬にして戻ったような気がした。 「ごめん。驚いただけだ」 大丈夫だと言ったくせに放心してしまった自分が嫌になった。 ちらりと時計を見た。学生寮に行かなくてはならない時間が迫っている。 こんな精神状態で新しい環境に馴染めるか不安だった。 「馬瀬、僕は大丈夫だからそろそろ行こう」 「お前がそう言うなら……。あまり無理すんなよ」 僕と馬瀬は夕日に照らされた教室を後にした。 自分に割り振られた部屋には既に荷物が運び込まれていた。ベッドの前でダンボールから荷物を出しながら考えた。 僕が福岡に絡まれていた時にやって来たのは本当に鬼山先輩だったのだろうか。そして僕を助けてくれたのか。そんな疑問が頭をよぎる。 結局、僕は"ボランティア部"に入れられてしまうのか。あの場では後回しになったが、また福岡に捕まる可能性は高い。 いくら悩んでも解決しないことは分かっているのにやめられない。その時だった。 ドアの開く音がした。作業する手を止め、振り返る。 そこには昼間に校舎裏で見た顔に傷のある男が立っていた。 彼は僕を一瞥するとそのまま部屋に入り込み、窓際のベッドに転がった。 「あの、鬼山先輩ですよね?」 「……そうだ」 やはり昼間に会ったのは鬼山先輩で間違いないようだ。 「さっきは助けてくれてありがとうございました。改めてお礼を言いたくて……」 僕がそう言うと、鬼山先輩はベッドから起き上がってこちらを見た。 「あの時の一年生と同じ部屋か。こんな偶然あるんだな」 先輩は鼻で笑うと、こう続けた。 「礼なんていらない。俺はそんな立派な人間じゃない」 「そんなこと無いですよ。先輩のおかげで僕は今、無傷でいられたんです」 「俺のおかげか……。そんなこと初めて言われたな。まあいいや、これからよろしくな」 先輩はバックパックからタオルを出すと、部屋から出て行ってしまった。 残された僕は呆然とし、石のように固まっていた。噂に聞いていたような恐ろしい印象は一切なかったからだ。 怖がる必要は無いかもしれない。そう思うと少し気持ちが楽になった。先輩のことはこれからゆっくり知っていけばいい。 僕も荷物からタオルを取り出し、風呂場に向かった。

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