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第7話

定期考査前の図書室は混雑する。皆、机に向かってピクリとも動かない。少しピリついた空気が充満している。 僕は先輩より一足先に図書室に着いていた。 二人分の席を確保出来たところでホッと一息つく。 今朝先輩が、着くのが遅くなるかもしれないと言っていたっけ。 彼を待ちながら勉強を始めることにした。昨日教えてもらった数学からやろうかな。 「おや、君はあの時の一年生じゃないか」 集中していたせいで反応が遅れた。福岡が後ろにいることをすぐに気付けなかった。 「生徒会長……」 「そんなに怖い顔しないでくれ。例の件、忘れていないよね?」 最近薄れていた入学式の忌まわしい記憶。僕は忘れていた。あの件はまだ解決していないことを。 「今すぐ返事をしてくれないかな。前みたいに延期は無しだよ」 福岡が僕の肩に手を置く。服越しに彼の放つ重圧が伝わってきた。 「嫌です。離してください」 「随分強気だね。自分の立場分かってるの?」 気づかぬ間に両隣には、見覚えのある上級生が僕を閉じ込めるようにして立っていた。 僕はあの日のように逃げ道を失ってしまったのだ。 「お待たせ」 先輩が本棚の陰から姿を現した。 一瞬で異常な雰囲気に気付いたのか、キッと表情が変わる。僕の背後に立つ福岡を睨んだ。 「そいつから手を離せ」 福岡が僕の肩を思い切り握る。肉が抉れるような痛みが走った。 「本当に鬼山はムカつくなあ。ボクがお前の命令を聞くと思うか?」 福岡が目配せすると、両サイドの生徒が先輩へ殴りかかった。僕の右にいた奴が、先輩の腹を蹴る。不意打ちをくらった先輩は咳き込みながらうずくまった。 「図書室で暴れるのは不味いな。鬼山、外でゆっくり話し合おう」 「不意打ちは狡い。望むところだ」 先輩はみぞおちを抑えながら立ち上がる。そして僕の方を見据えながら言った。 「田賀、すぐに戻るからそこで待ってくれ」 四人が出て行くと周りは急に静まり返った。 僕はただ一人立つこともなく俯いていた。 ─何も出来なかった。また先輩に迷惑かけてしまった。 情け無い自分に腹がたつ。奥歯を噛み締め、拳を握った。 手を強く握ったせいで爪が肉に食い込んだがそんなことはどうでもいい。 先輩は無事だろうか。ここで待っていろと言われたが我慢できない。思い切り椅子から立ち上がり、図書室のドアに駆け寄った。 扉を開け廊下へ踏み込んだ瞬間、何かとぶつかった。跳ね飛ばされ、尻餅をつく。 痛む尻をさすりながら、顔を上げるとそこには先輩が立っていた。 「大丈夫か。走ると危ない」 「……ごめんなさい。それより大丈夫でしたか!?」 差し出された先輩の手を掴み、立ち上がる。 「何とも無かった。上手く説得出来た」 「説得ってどういう意味ですか」 「つまりな、もうお前はターゲットじゃなくなったよ。もう福岡にビビらなくていい」 僕の目頭が急に熱くなった。視界がジワリと滲む。 先輩が怪我なく帰ってきたことが堪らなく嬉しかった。全身の余計な力が抜けるのを感じる。 「先輩が、無事でよかったです……」 「お前、泣いてるのか。俺は大丈夫だよ」 僕は思わず先輩に抱きついてしまった。しかし彼はそれを振りほどくことなく、僕の頭を撫でた。 「今日はもう部屋に帰ろう」 僕は黙って頷いた。

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