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第9話

翌日の放課後。 定期考査後の閑散とした図書室に僕はいた。 僕は久しぶりに小説でも読もうと、本棚を眺めていた。面白そうな本があったら先輩にもお勧めしようかと考えていると、扉が開く音がした。 本の隙間から扉の方を覗く。ドアの前に見知った人物が立っていた。─福岡だ。 僕は咄嗟にしゃがみ、身を隠した。 福岡は幸い僕に気づいていないようで、いつもの体の大きな上級生と会話を続けていた。 いつもは子分を二人引き連れているが、今日は一人しかいなかった。 「昨晩は傑作だったなあ」 「まさかあそこまでしてくれるとは。あいつにプライドってもんは無いんですかね」 二人は会話を続けながら、扉付近の本棚へ歩み寄った。僕はそのまま耳をすます。 「福岡さん、いつもより楽しそうでしたね」 「当たり前だろう。鬼山の奴、あの一年生の名前だした途端しおらしくなってさ。笑いが止まらないよ」 何故鬼山先輩の名前が出てくるんだ。 福岡の言う"あの一年生"とは僕のことか? 昨晩何があったんだ。 グチャグチャに混乱した頭で懸命に考える。彼らの会話と、先輩が夜中に部屋から出ていったことは関係ある。それだけはハッキリと分かる。 その時、僕の頭にある一つの予想が浮かんだ。 ─先輩が僕の代わりになったとしたら? 以前福岡と遭遇した日、先輩は僕に「お前はターゲットじゃない。説得出来た」と言っていた。僕は先輩が福岡を説得し、事を丸く納めてくれたと思っていた。 しかし、先輩の言っていた説得が 「鬼山が田賀の代わりになる」 という内容だったら? 僕が昨晩たまたま気付いただけで、あの日からずっと夜中に部屋から抜け出していたとしたら? 「あいつ、なんであんな条件呑んだんでしょうね?一年生なんて見捨てちゃえばいいのに」 「ふふ。それが出来ない弱い男なんだよ」 福岡は本棚から数冊の本を選び、部屋の中央にある机に置いた。 「ボクと鬼山の性格の相性は最悪だな。そう思わないかい?」 「そうですねえ。あいつの屈辱まみれの顔を見るとよく分かりますよ」 子分がポケットから携帯電話を取り出した。 「福岡さん、今日はどうしますか?」 「そうだな…この本を読んでからにしようかな。そう伝えといてくれ」 「分かりました」 子分は外へ出ていった。静かになった図書室に、時計の秒針とページをめくる音だけが聞こえる。 「性格こそ合わないが、体の相性は最高だよ。あいつはいい声で泣くんだ」 突然福岡が独り言を呟く。いや、これは独り言か?まさか僕に気付いている? 「どうせ君は何も出来ないだろう?指を咥えて見てろ」 そう言うと福岡は本を閉じ、部屋から出ていった。 僕は長いため息をつく。 シャツや手のひらが冷や汗で湿っていた。 最初から気付いていた。福岡は隠れていた僕にわざと聞かせていたんだ。僕が何も出来ない弱虫だと知っているから。 きっと先輩はあの物置きに呼び出されたのだろう。そしてあの部屋で今日も── 僕は喧嘩をする力や度胸もないけど 恐怖で全身がガクガク震えているけど 先輩が酷い目に遭っているのを知って見過ごせる訳ないだろう。 僕は僕は腰が抜けそうだったが、思い切り地面を蹴った。手を回し、夢中で駆ける。 全速力で学生寮へ向かった。

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