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第2話

「佐久間に折り入って頼みがある」  生徒会室に着くなり、紘一が切り出した。 「会長が一生徒に頼み事など、何でしょうか?」  紘一と話すのは、初めてのことだった。下級生からすると、紘一は雲の上の存在だ。今回の呼び出しも、生徒会の役員から場所と時間を伝えられた。話すことすら烏滸がましいと思う相手からの頼みなど一大事だ。 「次期生徒会の選挙が九月に行われる。それに、出馬して欲しい」  予期しない言葉に、思考回路が一瞬停止した。 「……生徒会は、二年生から選出されると、噂で聞きましたが……」 「何事にも例外はある。俺のように、一年から生徒会に入る人間もいる」  結城紘一は例外中の例外だ。  頭脳明晰、スポーツ万能、眉目秀麗、品行方正。天は二物を与えず、という諺を一蹴するような人物だ。翔太にとって到底勝てない相手。 「佐久間の考えを尊重したいと思う。気が向かなければ出馬しなくていい」  一呼吸おいて返事をする。 「……わかりました。検討します」  一年の自分にとって、またとないチャンスだ。断る理由など思いつかない。しかし二の足を踏むのには、理由があった。  オメガが校内で発情した場合の対応を、生徒会が受け持っている。発情時のオメガにアルファが近づかせるなど、言語道断だ。もし生徒会に入ってもその役割だけは頑として拒否したかった。  翔太には八歳離れた兄がいる。佐久間治也(はるや)、彼もまた、翔太にとって次元の違う、勝てない相手だ。現在は医学部に通っており、将来は父の病院を継ぐことも決まっている。 「ただいま」  鍵を開け、自宅に戻った翔太は、玄関に兄の靴と見知らぬ靴が並んで置いてあるのを一瞥する。  兄が客人を連れて帰って来ているようだ。  わずかに甘い匂いが漂う空間に、足を踏み入れる。  兄の恋人はオメガだ。兄の部屋から漏れ聞こえる声は、とても幸せに満ち溢れていた。 「番になったら、家族もいっぱい増やして……優斗が憧れてる『家族旅行』行こうな」 「……嬉しい! ありがとう、治也」  今まで一度も家に連れてきたことのなかった恋人を連れてきたのは、番になるのを親に報告するためだろう。  自分の部屋で制服を着替えると、兄に気づかれないように、そっと家を出た。  兄は誰にでも平等だ。自分みたいに、ベータやオメガを軽視したりしない。番になる恋人のオメガもきっと幸せになるだろう。  オメガは人ではない。アルファの道具ーー。  その言葉は曾祖父が生前ずっと呟いていた言葉だ。  兄も同じように、聞かされていたはずなのに、どうしてオメガと番になることを選択したのか、頭を捻るばかりだった。

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