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第3話
中間試験が終わると、程なくして次期生徒会の選挙の候補者募集の告知が、廊下の掲示板に貼り出された。
放課後、掲示板の前に群がる生徒達を尻目に、翔太は帰路を急いでいた。
最近恋人のところに入り浸りで、顔を合わす機会が少なくなった兄から、食事の誘いがあった。一旦家に帰って着替えて、と考えると待ち合わせ時間ギリギリだ。
「あ! 佐久間くん! ちょうど良かった」
翔太を呼び止めた声の主は、担任の女教師の椎名 愛香 だ。ベータのくせに、やたらベタベタと触ってくることに不快感しか覚えない。しかし、担任を邪険に扱うわけにもいかず、優等生の顔で応対した。
身長が180センチほどある翔太を椎名は上目遣いで見上げる。
「なんでしょう?」
「このプリント、数学準備室まで持ってきてくれないかな?」
大した量でもないプリントを、翔太に差し出す。
さすがに、表向きは優等生の仮面をつけていても、急いでいる時に誰でも出来る低脳な依頼を引き受けるわけにはいかない。
「申し訳ございません。急いでいますので、他の生徒を当たってください」
言葉の丁寧さとは裏腹に軽くあしらうと、翔太は足早にその場を立ち去った。
取り残された椎名は、不満そうな表情で、翔太の後ろ姿を見えなくなるまで、じっと見つめていた。
「あ、先生。プリント運びましょうか?」
掲示板を見ていた生徒の一人が、椎名に気づき声をかける。
「このくらい自分で運べるから大丈夫」
申し出を瞬時に断り、椎名は数学準備室ではなく、職員室へと戻っていった。
兄が指定してきた待ち合わせ場所は、美味しいと評判のイタリアンレストランだった。
「この間、恋人を家に連れてきたけど、翔太がいなかったから、会わせたいと思って。俺が大学卒業したら、番になって、籍も入れたいと思ってる」
乾杯をした後、アンティパストをフォークで口に運びながら、治也は嬉々として恋人の話をする。
「肝心の恋人は、連れてこなかったんですか?」
すでに二人で食事を始めていることから、今から治也の恋人が来る可能性は低かった。
「実はここ、俺の恋人が勤めてるんだ」
「え?」
ホールを見渡すが、ベータらしい数人の女性スタッフしかいなかった。
「パティシエだから、呼ばないと外には出てこないよ。食事が終わってから紹介する。美人過ぎて腰抜かすなよ」
一生傍にいて守り抜く決心をした、と照れながら話す治也は、とても幸せそうだった。
そんな治也を見て、翔太は心から祝福し、二回目の乾杯をした。
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