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第6話

 教室の窓から、低く漂う厚い雲を見上げる。  昨年より五日ほど早く梅雨入りしてからは、雨の日が続いていた。 「鬱陶しいな……」  肌にまとわりつく湿度の高い空気に嫌気がさし、低く唸る。 「そうだな」  独り言に割って入って来た同調する声に、思わず振り返る。 「結城会長」  紘一が来たことにすら気づかないとは、気もそぞろだったようで、知らぬ間に、クラスメート達の興味の矛先は二人に向いていた。 「そろそろ例の件、返事を聞かせてもらいたくてね」  ここしばらく、優斗のことで頭がいっぱいで、頭の隅に追いやられていた生徒会への立候補の話だ。すぐそこまで期限が迫っていた。 「お引き受けしたいと思います」 「ありがとう。君ならきっと受けてくれると思っていたよ。期待している」  予鈴が鳴り、紘一と入れ替わるように、担任の椎名が教室に入ってきたのを一瞥すると、翔太は自席に戻った。  こんなに熱を出したのはいつぶりだろうか。体温計の液晶には38.5℃の文字。悪寒がする。本来なら学校など行ってる場合ではなかったが、今日は期末試験最終日だ。  中間試験ですべての教科で百点を叩き出し、学年首位にいる翔太をライバル視し、次期生徒会の選挙に立候補しているアルファは一人や二人ではない。そして、その次期生徒会の選挙に期末試験の結果は大きく影響する。  会長の結城紘一が推している翔太が、目も当てられない順位になることなど、あってはならない。  解熱剤を服用し、薬の効果で一時的に37℃台まで下がったのを確認すると、翔太は重い足取りで学校へ向かった。  三科目乗り切った自分を誉めてあげたい。薬の効果が切れ始めているのか、熱がぶり返したようだ。  玄関扉の鍵穴にティンプルキーを差し込み、鍵をあけると、靴も脱がず玄関ホールに倒れ込んだ。  無事に家に帰って来られた安堵からか、全身の力が抜けた。 「え!? どうしたの? ……翔太くん?」  誰もいないはずの家の中から、自分を呼ぶ声がした。  首だけを動かし、声のした方を確認する。  そこにいたのは、エプロン姿の優斗だった。 「なぜ……あなたがここに……」  マグマのなかに飲み込まれ、骨まで溶けてしまうような熱が翔太を襲い、歯を食いしばる。 「早く! ここから出て行ってください! 今すぐ」  力を振り絞って叫んだのは、懇願だった。  一秒でも早く自分から遠ざけなければ。しかし、身体が思うように動かない。 「そんな……苦しそう……なの……に」  すぐに優斗の身にも変化が訪れた。 「この間お会いしたとき、気づかなかったんですか? ……私とあなたが運命の番だってことを……」  あの日、優斗にも発情の兆候があったはずだ。絶対に気づいていると、たかをくくっていた。だから、不用意に翔太に近づくことはしないだろうと思っていた。  ただでさえ朦朧としている意識では、本能を制御することは不可能だった。 「あなたと私は、出会ってはいけなかった……。もう()がすことは……できない」  翔太はゆっくりとした動きで身体を起こし、優斗の顎を掴むと、貪るように口づけた。  愛のある口づけではない。二人の間に愛は微塵もない。オメガを服従させるための、口づけだった。  ーー理性は失われた。

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