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第11話
兄は店の外に出ると、すぐにタクシーを捕まえ、優斗を自宅まで向かわせた。絶対引き返して来ないよう何度も運転手に念押しし、数枚の一万円札を握らせていた。
「さっき言っていた、俺に対する話とやらを、聞かせてもらおうか」
運河沿いの遊歩道を歩きながら、前を行く兄が後ろを振り返ることなく口を開いた。
「芹沢さんとは……運命の番です。番になった日、高熱で朦朧としていて、夢か現実かの区別もつかない状態で……今日まで番になったことすら、半信半疑でした」
事実を淡々と語る翔太に、治也の眉が上がった。しかし、翔太の位置からは治也の表情を伺い知ることは出来ず、怒りの片鱗を見逃した。
「お前は、何にも分かってない。どうしようもないガキだな……。番になることが、どれだけの覚悟が必要な行為なのか、全然理解していない」
治也は顔を歪める。
全身全霊をかけ愛してきた恋人を、……奪われた。
優斗と過ごしてきた六年間が、走馬灯のように浮かぶ。大切に、大切に、育んできた関係を、いとも簡単に潰した翔太を、治也は赦せなかった。
「優斗との番を解消してもらおうか…………」
治也は長く息を吐くと、踵を返し翔太へとゆっくり近づく。
「…………死んでくれ、翔太……。今ここで。俺と、優斗のために……」
治也は表情を変えず、翔太の両肩を強く押した。
翔太の背後には、運河が広がっていた。そして、それは海へと繋がっている。
穏やかな水面に、水しぶきがあがった。
翔太は予期しない出来事に、酸素を肺に取り入れることなく、運河の底へと沈んだ。底なし沼に足を取られたように、もがけばもがくほど、身体が沈み、息苦しさが増すばかりだった。
その姿を、治也は冷酷な表情で、見下ろしていた。
「翔太、永遠にお別れだ……」
翔太は意識が薄れていく中、曾祖父の声を聞いた。
『オメガは人の形貌にて人に非ず。アルファの子を為すことが使命の傀儡なりーー』
『否』
違う。オメガはアルファの操り人形ではない。
その続きはなんだったのだろう。
ーー思い出せない。
心に食い込んだ鎖が思い出すのを妨害する。
思い出せないまま、翔太は瞳を閉じた。
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