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第14話
慣れない一人暮らしは、何かと不便だ。しかも、曾祖父の屋敷は広く、そして古い。お風呂に入るのも、水を一旦浴槽に溜めてから沸かす、という何ともレトロな方法でしなければならず、シャワーすらない。やっとで曾祖父の屋敷での一人暮らしに慣れたころ、夏休みが終わった。
あれから優斗とは毎晩電話をして、お互いの他愛ない話をし、おやすみと言って一日が終わる。そんな健全な形ばかりの『お付き合い』をしている。
優斗は電話をした初日に『治也とは別れた』と言ったが、たまに電話口の近くから治也の声が聞こえてくるのは、恐らく治也が別れることを渋って、マンションに居座っているのだろう。それを咎めることは、翔太には出来ない。
今日も、日課のように優斗に電話をかける。
「もしもし。優斗さん、今大丈夫ですか?」
付き合っているのに苗字で呼ばれるのは距離を感じる、との優斗の提案で呼び方を変えた。
『はい。…………あ、ちょっと待って』
インターフォンの音が聞こえた。深夜零時を回っているというのに、迷惑極まりない訪問客が来たようだ。
『いっちゃん』
優斗の声が遠くで小さく聞こえ、ドアの開閉音が聞こえた。それから、何の音もしなくなった。どうやら優斗が外に出て行ったようだ。しかも兄ではない別の人物。耳を澄ますが、やはり会話も聞こえず、放置された翔太は優斗が戻ってくるのを待たず、携帯の終話ボタンを押した。
メールを一通送る。
『今日もお仕事お疲れ様でした。また明日かけます。おやすみ、優斗さん』
いっちゃんとはどのような関係なのだろうか。様々な疑問が頭を占領する。自分の知らない優斗の交友関係。嫉妬にも似た感情が芽生えているのに気づき、我に返った。自分の度量が狭いことに苦笑し、携帯を枕元に放りやると、布団の中に潜り込んだ。
明日から二学期だ。実力試験が二日間行われたあとは、生徒会選挙の演説も控えており、しばらく忙しくなりそうだ。
「はーい。みんな夏休みは遊んでばかりじゃなかったー? ちゃんと宿題やってきたかなー?」
新学期のホームルーム。甘ったるい耳障りな担任の声から始まった。夏休み中すっかり忘れていたが、担任の椎名は事あるごとに翔太に頼み事をし、二人きりになろうとする。翔太にとって、要注意人物だ。
「宿題を集めて、誰か数学準備室に持ってきてくれないかな?」
わざわざ貴重な休憩時間を削ってまで、持って行く生徒なんているわけがない。心の中で悪態を吐いていると、案の定ご指名がかかった。
「じゃあー。佐久間くん、よろしく」
「……すみません。生憎、生徒会室に呼ばれていますので……」
チャイムが鳴る。
生徒会室に呼ばれているのは嘘ではない。今朝校門で挨拶運動をしていた紘一に、ホームルームが終わったら、生徒会室に来るよう言われたのだ。どうやら生徒会選挙の候補者全員、招集がかかっているようだった。翔太は椎名の視線から逃げるように、生徒会室へ向かった。
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