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第17話

 看護師に教えられた、優斗のいる病室へと急ぐ。    病室の扉のドアハンドルに手をかけた時、兄の声が中から聞こえた。 「ごめん。優斗、本当にごめん。優斗を幸せにしてあげられなくて……。自分が情けない。こうやって発情期で苦しんでいても、何もしてあげられない……。俺がもっと早く、優斗を番にしておけば、こんなことには……」  治也は、ずっと後悔していた。大学を卒業し、独り立ちをしたら優斗を番にする予定だった。  大学卒業まで一年を切り、番になった後の話を始めたのは、つい最近のことだ。施設で育った優斗に、血の繋がった家族を作ってあげるのが、何よりの幸せだと思っていた。しかし、その願いは潰えた。 「治也。気持ちは嬉しいよ。だけど、もう一緒にはいられない。治也は治也の幸せがある。治也のこと、待っているオメガがきっといるよ。だから……」 「俺は、優斗以外いらない! 他のオメガなんてどうでもいい。優斗が一緒にいてくれたら、俺は……俺は何もいらない」  狂おしいほどの愛。  なぜ、運命の番が兄と優斗じゃなかったんだろう。兄の嗚咽が聞こえた。いつも笑顔だった兄を、自分が壊した。  ドアハンドルから、静かに手を離す。  二人の間に入り込む余地などなかった。無理矢理引き離したにも関わらず、自分は優斗の存在を持て余している。 「優斗がいないと、何をしたらいいかわからないんだ……。優斗と出会う前は何をやってたんだろう。もう何年も前のことで、思い出せないよ」  鼻声の兄が語りかける。兄の言葉を、優斗はどんな気持ちで聞いているのだろうか。  想像をすると、いたたまれなくなり、翔太は立ち去ろうとした。 「尻尾を巻いて逃げるのか? 哀れだな」  いつの間にか近くに白衣を着た医師が立っていた。 「え?」  突然現れた見知らぬ医師に、暴言を吐かれた。  ただ、顔に見覚えはなかったが、声に聞き覚えがあった。翔太に電話をかけてきた本城医師だ。歳は三十代半ばぐらいに見えた。  本城は翔太に歩み寄ると、胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。背中を強く打ちつけ、翔太の顔が苦痛で歪んだ。 「優を不幸にするのだけは、オレが許さない。オレが助けた命だ。優に自分の人生全てを捧げろ!」  疑問符が、翔太の頭に幾つか浮かんだ。 「あなたが……私を……助けた?」 「善意の通行人、とでも言えばわかるか?」  治也が翔太を運河へと突き落としたあの日、医師か看護師だと思われる通行人に、翔太は助けられた。処置が的確だったおかげで、後遺症もなければ、普段通りの生活が今も送れている。本城は、命の恩人ということだ。 「その節は、ありがとうございました。お礼も言えず……」  本城は翔太から手を離すと、ガキだな……と一言呟いた。 「自分が一番大事なんだな。……よくわかった。優の病状の説明をしたいと言っても、自分の予定優先ですぐに駆けつけて来ない。今も、優のことより、自分を助けてくれたお礼とか……優があまりにも可哀想だ……」  優斗のことを親しげに『優』と呼ぶのが、気にかかった。 「優斗さんとは……」  ようやく翔太の口から優斗の名前が出てきたことに、本城は呆れたように返事をした。 「優斗のことは小さい時から知ってる。兄弟のように育ったからな」  その時、病室の扉が中から開いた。 「いっちゃん!」  ちょうど翔太の姿は死角になっていて、目に入らなかったのだろう。優斗は本城を真っ直ぐ見ていた。  本城のネームプレートには本城(ほんじょう)(いつき)という名が記されていた。

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