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第32話
蒼を送り届けて帰宅した優斗の様子に、翔太は違和感を感じた。
「優斗さん、沢圦くんのこと、ありがとうございました」
「え? …………あ、うん」
どこか上の空の優斗は、疲れた様子で居間に座り込んだ。
「どうかしましたか?」
「…………」
明らかにいつもと違う優斗に、翔太は無言で肩を寄せ合い座った。
優斗がぽつりと呟く。
「あの子、妊娠したかも…………オメガの発情時の懐妊率……百パーセント……だから」
蒼本人には伝えなかったが、やはり伝えた方が良かったのかもしれない、という想いから、翔太に伝えた。しかし、その言葉で、それまで翔太が封じ込めていた想いが、解き放たれた。
「懐妊率が百パーセント…………それならばなぜ、私たちの子供はここに、いないんですか?」
優斗の肩を揺する。優斗は一瞬何のことを言われているのか分からず、混乱していたが、すぐに自分自身の話にすり替わっていることに気づいた。
「ここに、存在しなければいけない命が、あるはずです。……まさか、あなたが……殺……」
左頬に痛みが走った。
優斗の右手が翔太の左頬を打ったのだ。
漆黒の瞳に涙を溜め、歯を食いしばり、泣くのを耐えていた。番を解消してほしいと伝えてきた、あの時と一緒だ。
自分は何を思い上がっていたのだろう。番になった時、優斗が好きだったのは、自分ではなく兄だ。もし、翔太の子供を産まない、という選択をしていたとしても、責められる話ではない。
そんなことも全て棚に上げ、自分は優斗に何を言った。
番になった時も、優斗は自分に対して恨み言の一つも言わなかった。なのに、自分は……言ってはいけない言葉を優斗に投げつけ、深く傷つけた。家族のいない優斗が、自身の家族になる子供を、疎ましく思い、産まないという選択をすることなど、絶対にないのに。
立ち上がった優斗の腕を、翔太は強い力で掴んだ。
「行かないでください。もしここで、あなたの手を離したら、私たちの関係は、もう修復出来ない……」
「……いいよ、それでも……。僕は……もう……疲れた……」
優斗の頬を一筋の涙が伝った。
翔太の腕を振り払い、しばらくして玄関の開閉音が耳に届いたが、翔太は立ち上がることができなかった。
数時間後に、本城から一本の電話が入った。
優斗が本城の家にいるから心配ない、ということと、もう一つ。
『話があるから、明日病院に来い』
不機嫌そうな声で本城は告げると、すぐに通話は切られた。
明日は月曜日だが、文化祭の振替休日だ。翔太は説教覚悟で、本城が勤める病院へと足を運んだ。
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