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第33話
三階まで吹き抜けの病院のロビーは、全面ガラス張りの窓になっており、そこから降り注ぐ日差しは、とても心地が良い。
そんな麗らかな昼下がり、眉間に深い皺を刻んだ本城と対面して座り、お互い無言のまま五分が経過した。
先に口を開いたのは、本城だった。
「昨日、優がうちに来た理由は聞いた。ずっと泣き止まなくて……参った。最終的には疲れて眠ったが、……子供のことで、優も君も知らない事実がある。伝えなかったオレが悪い。……悪かった。この通りだ」
そう言って、ソファーに座ったまま頭を深く下げた。
「え、いや、本城先生、頭をあげてください。私には何のことか」
翔太は本城に説教はされても、謝られる理由が見当たらず混乱する。
本城はすんなり頭をあげたが、表情は変わらなかった。
「優が救急車で運ばれて来たあの日、突発的な発情と、下半身に大量出血の形跡があった。優はその時意識障害があって、自分に何が起こっていたか理解していなかったと思う。……優は流産するように、薬を盛られた可能性がある……。状況から見て、それが出来たのはただ一人、優に付き添ってきたあの男だけだ」
自責の念は、優斗と番になった時から消えずにあった。しかし、それを上回る怒りが、翔太の心を支配した。膝に置いた拳が怒りに震える。
優斗との子供は知らない間に、兄の手によって奪われていたのだ。
「優には、内緒にしていて欲しい……。きっと哀しむ……」
翔太が頷くと、背後から、問いかける声があった。
「……それ、……本当?」
「優! いつから聞いて……」
優斗の姿に気づいた本城が、思わず立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄ってきた優斗の手には、半透明のポリ袋が握られ、その中には抑制剤の薬袋が入っていた。
今日は優斗の通院日だったらしい。実にタイミングが悪かった。
「僕と翔太くんの子を……治也が……? 何の権利があって?」
静かな怒りだった。脅威を感じる怒り--。
「優、とりあえず落ち着こうか……」
「落ち着けるわけない! 産まれるはずだった大切な命を……」
優斗の様子に、本城は声をかけることができなかった。涙目の優斗は、エントランスを抜けると、入口で人待ちをしていたタクシーに乗り込んだ。
優斗が向かった先は、翔太も本城も想像がついた。
「車を出す。行こう」
本城の促す声に、翔太もソファーから腰を上げた。
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