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第36話
翌朝、校門の前で挨拶をする翔太は、すこぶる機嫌が良かった。
優斗との間の蟠りが消え、初めて発情期以外で優斗と共に、同じ布団で眠った。
幸せそうな寝顔をずっと眺めていたかったが、挨拶運動の時間が差し迫っていたので、しぶしぶ起床し今に至る。
「佐久間! ちょっといいか!?」
まだ開門して間もない時間、紘一が走ってきた。
引きずられるように連れてこられた生徒会室で、紘一から思わぬことを聞かされた。
「……蒼が、蒼がいなくなった」
「え? 沢圦くんが? どういうことです?」
「家族全員、突然引っ越したみたいで、携帯も繋がらないし、転居先もわからない……。最後に蒼と会話したのは佐久間の番だから、何か聞いてないかと思って……一度話をさせてもらえないか!?」
紘一の勢いに圧されながら、優斗に電話をかける。
優斗に事情を簡単に説明すると、紘一に携帯を渡した。
「朝早くすみません……何か変わった様子など……そうですよね。いえ、ありがとうございます」
翔太は紘一から携帯を受け取る。その瞳には落胆しかなかった。
「佐久間、悪かったな」
肩を二回軽く叩かれ、紘一は力ない足取りで去って行った。
それからの紘一はどこか覇気がなかった。次の生徒会長は翔太が指名され、引き継ぎで紘一と顔を合わせる機会も多かったが、十一月に入り、生徒会役員の交代が終わると、紘一の姿をみかけることすらなくなっていた。
沢圦蒼の行方も、未だ不明のままだった。
「ただいま」
今日は優斗の仕事が休みだ。いつもなら休みの日は、おかえり、と出迎えてくれるが、玄関に優斗の姿はない。
広い屋敷はしんと静まり返り、優斗がいないことが窺える。
台所にも、居間にも、自室にもどこにも優斗の姿はなく、翔太は探すのを諦めると、居間の座布団に腰をかけ、テレビをつけた。
『凛成館大学病院の番研究プロジェクトが、新薬の臨床検査に成功し、三年以内を目処に実用化か』
夕刊の見出しを先取りし報道する番組に、翔太の目が釘付けになった。
『いやー。今までアルファに番を解消されたオメガの死亡率が高く、社会問題になっていましたからねー。オメガの方には朗報と言えますね』
ベータのコメンテーターが、第三者の立場から内容の薄いコメントをする。
報道の概要はこうだ。今までアルファから番を解消されたオメガは、新しく番を作ることが出来なかった。しかし、開発された新薬で、それが可能になる--。
「凛成館大学病院って……」
優斗が兄のように慕う、本城斎が勤める病院だ。
この場に優斗がいないことに、急に不安を覚えた矢先だった。
「ただいま」
優斗が帰宅した。翔太は急いで玄関に向かう。
「優斗さん!」
「あ、翔太くんおかえり。お醤油切らしてて、スーパーに……」
スーパーの袋を胸に掲げた優斗を、翔太がそのまま抱きしめた。
翔太は震えていた。
「どうしたの? 翔太くん」
「すみません。しばらくこのまま、このままでいさせてください」
翔太は優斗の温かさを、両腕に刻んだ。
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