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第38話
紘一の卒業とともに、元々産休の教師の代わりで来ていた美術部の顧問は、任期満了で学校から姿を消した。仕留め損ねた、というのが翔太の率直な感想だ。今回社会的制裁が出来なかったことで、後々問題を起こさなければ良いが、と翔太は危惧していた。
「佐久間、今までありがとう」
卒業式で答辞を読んだ紘一を見て、窶れたと翔太は感じていた。
「結城先輩……体調、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
生徒会長を引き継いで以降、ほぼ会うことはなかったが、紘一のことについては風の噂で色々な情報が耳に入る。
第一志望の大学に受かったことや、その大学が地方都市の大学であることも、全て知っていた。今の家に住み続けるのは、紘一にとって辛いことだろう。蒼とは幼なじみで、家周辺も思い出が多く詰まっているに違いない。
「沢圦くんは……あれから……」
「見つからない……。生きている限り、きっといつか会えると思っている。だから、もう落ち込んではない。近くにいなくても、会えなくても、蒼のことは今でも大切だ」
紘一の片想いの長さを、侮ってはいけなかった。
翔太は紘一の想いを聞いて、一安心した。
「そうですね。必ずいつか、会えることを信じましょう」
晴れ渡った空を見上げ、紘一は、卒業したぞ、蒼。と地球上のどこかにいる蒼に報告した。
その顔は空と同じで、とても晴れやかだった。
紘一と蒼の絆の深さに触れ、自分はまだまだだと猛省する。少しのことで気持ちが揺らぎ、優斗のことを信用できなくなり、すぐに傷つけてしまう。
少しずつ形になりつつある優斗との関係は、まだ不安定だ。高く積み上げたジェンガのように、少しでもパーツを乱暴に引き抜くと、たちまち崩れてしまう。
「ただいま」
卒業式後の片付けを終え、帰宅した翔太が玄関で目にしたのは、思わぬ客だった。
「本城先生……どうしてここに」
新薬の報道があって以来、顔を合わせるのは初めてだ。
「あぁ。最近世間でも報道されてる新薬の件で、ちょっと優に相談があって来た。……もう用は済んだから……邪魔したな」
靴を履こうとした本城の腕を、翔太ががっしりと握る。
「なんだ?」
「優斗さんには、絶対に新薬は使わせない」
本城は喉の奥でクッと笑った。
「優のためにそんな表情が出来るようになったんだな。やっとで番らしくなったな」
本城は嬉しさと寂しさが同居したような表情をした。
「新薬は、オレが使う予定だ」
翔太は言葉の意味が理解できず、返事に困った。
「この忌々しい傷を消すために」
本城がワイシャツのボタンを外すと、襟を開く。その首筋には、古い噛み痕があった。
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