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第39話 -優斗編-
つい先日、本城が来訪した日から、翔太は一人で考え事をする時間が多くなった。
新しくお茶をつぎに台所へと行っていた優斗の目を盗んで、本城が帰ろうとしていたため、見送るのが遅くなった。
優斗が玄関に行ったときには、既に本城の姿はなく、帰宅した翔太が脱いだ革靴を揃えていたところだった。
優斗は翔太に本城が来ていた事を伝えたが、それに対して、そうだったんですね、と返事をしたことから二人は入れ違いだったのだと優斗は思っていた。
「……ざわくん……りざわくん……芹沢くん!」
背後からの大声に、一心不乱に泡立てている生クリームの入ったボウルを落としそうになった。
「はっ!はい!」
今日はオーナーが来るので、気合いを入れて、と朝礼で念押しされていたのに、意識はここにいない翔太に向いていた。
「オーナーがお見えになったので、ホールに集まってください」
開店前の準備中。オーナーと会うのは勤続五年の優斗でさえ初めてだ。
ホールへと向かうと、細身だが筋肉はバランスよくついていそうな背の高い男性が、ホールを見渡していた。
上質なスーツに身を包み、艶のある黒髪はきっちりと整えられ、性別を聞かなくてもアルファだということが見て取れた。
遅れてやってきた優斗を値踏みするように、頭のてっぺんから爪先まで眺めると、馬鹿にするように口許だけで笑った。
感じが悪い。それが優斗のオーナーへの第一印象だった。
「オーナー。今日休みの従業員以外は、全て集まりました」
店長が頭を下げると、オーナーは開口一番、海外進出についての説明をした。そしてオープニングスタッフとして、本店から何人かホールスタッフやシェフ、パティシエを連れて行く、と続けた。
「パティシエからは芹沢優斗」
話を他人事のように聞いていた優斗は、突然名前を呼ばれ、驚きで肩を震わせた。
「以上、名前を呼ばれた者は考えておいてくれ」
オーナーは必要最低限のことだけ告げると、颯爽とレストランから立ち去った。
名前を呼ばれた者達は一様にラッキーだと喜んでいたが、優斗は海外に行くのは乗り気ではなかった。
理由を上げるとキリがない。英会話が出来ないとか、まだ人に教えるレベルまで技術が達していないとか。しかし、一番の理由は翔太と離れ離れになってしまうことだった。
とりあえず、今夜翔太に相談してみよう。優斗はひとまず海外赴任のことは忘れ、業務に没頭することにした。
翔太の口から、行かないで欲しい、その一言が聞きたかった。
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