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第44話 -優斗編-

 何度電話しても、斎が応じることがなく、不安になった優斗は、出勤前に斎のマンションへと向かった。連絡不通になってから三日後だった。  多忙な斎に連絡が取れないことはよくあることだったが、数日も連絡が取れないのは初めてで、優斗はその日胸騒ぎを覚えていた。  インターホンを何度か押すが、応答はなく、やはり取り越し苦労だったのかもしれない、と踵を返そうとした時に、室内から大きな音がした。  もしかしたら中に泥棒がいて、斎が捕らわれているのかもしれないと思い直し、しばらく居候していた時に貰った合い鍵をシリンダーに差し込む。 「ごめんね。いっちゃん」  斎の許可もなく、勝手に部屋に入ることに小さな声で謝罪し、扉を開けた。  泥棒、などという言葉が一度に吹き飛んでしまうほどの、オメガの甘い匂いが充満していた。慌てて扉と鍵を閉めると、靴を脱ぎ歩を進める。 「いっちゃん?」  番がいるはずの斎が、何故こんな甘い匂いを発しているのか。 「ん、は、ぁァ……」  甘ったるい声の聞こえる方に、吸い寄せられるように寝室のドアをそっと開けた。  優斗の視界に広がったのは、斎の淫靡な姿だった。  何度も射精したのかベッドカバーは精液でまみれていた。自分の指を後孔に挿し入れ、それでも発情期の身体を静めることが出来ないようで、顔を枕にうずめ、腰を揺らしていた。  これが、アルファに番を解消されたオメガの末路--。 「いっちゃん! 番の人は? 何があったの!?」  その質問に応じる理性は、斎にはなかった。  ベッドの下には薬袋や携帯が散乱していた。そして、携帯はひっきりなしに着信を告げている。何度となくディスプレイに映し出される文字はどれも斎の勤める病院だ。 「いっちゃん!! 薬は飲んだの? 病院は!? 休むって連絡した!?」  斎は現在入院患者を受け持っている。なので、患者の容態の急変などで呼び出されることは日常茶飯事だ。 「どうしよう……誰か呼ばないと」  優斗の脳裏に一瞬翔太の姿が浮かんだが、さすがに自分の番を発情期真っ只中の斎に合わせる訳にもいかない。  足下に転がっている薬袋を手に取ったが、空になったシートが入っているだけだった。処方された日付をみる限り、斎は明らかに制限を超えて薬を飲んでいた。 「欲しい……。ここに入れて……」  斎は優斗の存在を理解出来ないようで、アルファを求める。  狼狽えていた優斗は他に薬がないか、リビングに探しに行ったのと同時にインターホンが鳴った。  インターホンのモニタに映し出されたのは、レストランのオーナーだった。  何故オーナーが斎の家を訪ねてくるのか、優斗には理解出来なかったが、藁にもすがる思いの優斗は躊躇せず応答ボタンを押した。 「あああああのっ! すみません、今、手が放せなくて」 「? ……斎じゃないね。きみ、誰?」  かなり動揺している優斗は、応答したものの、何をどう説明したらいいのか分からず、芹沢優斗と申します! とだけ、勢い良く自己紹介した。 「ああ、芹沢くんか。とりあえず玄関、開けてもらえる?」 「わかりました!」  自分のことを意図も簡単に理解した司のことを不思議にも思わず、そして司がアルファだということも全て失念し、優斗は慌てて玄関の鍵を開けた。

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