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第45話 -優斗編-

 玄関が開け放たれ、室内の淀んだ空気とともに、発情の甘い匂いが外へと放出された。その匂いだけで眩暈がして、アルファの血がドクドクと騒ぐのを司は感じる。 「あの、オーナーが何故ここに?」  扉を開けた張本人の優斗は、不思議そうな面持ちで、司を凝視する。 「斎の番だからね」 「えぇ!!?」 「つい先日、些細なことで口喧嘩をしてしまってね。番を解消すると言ってしまったんだ。今日はその事を謝りに来たんだけど、それどころじゃなさそうだね……。きみは仕事に行くといい。斎のことは俺に任せてくれ」  自分ではどうしようもなかったことを、解決してくれる救世主が現れた。  優斗はホッと胸を撫でおろした。 「オーナー、いっちゃんをよろしくお願いします」  番なら安心だと、深々と頭を下げ、鞄を持つと司と入れ違いに外へと足を踏み出した。  しかし、勤務先のレストランに向かう足取りは重かった。海外転勤の件を、断らなければいけないのに、思いがけずオーナーと会ってしまった。 「……帰りにもう一回寄ってみよう……」  優斗はいつも斎に頼ってばかりだ。すぐに頼ってしまうのは幼少期からの習慣だ。就職で困った時も、翔太と番になった時も、真っ先に相談したのは斎だった。そんな斎が、初めて優斗の事を頼ったのは、つい最近のことだ。  そこまで考えて、はたと足を止めた。  背筋が凍った。そして、嫌な汗が全身に滲んだ。 『今の相手と番を解消をする。そのために、新薬が実用化されたらすぐに服用する予定だ。副作用には命に関わる重篤なものもある。けれど、どうしても番を解消したい。……もし、何か俺の身に起こったら……優、お願いできるか?』  最悪、命を落とすかもしれない。それなのに、そんな危険を冒してでも、番を解消したい。斎の覚悟を、自分はきちんと理解していなかった。 「僕、何やってるんだ……」  斎を絶対に引き渡してはいけなかった相手に、お願いして来てしまったのだ。  完全な自分の落ち度だ。  踵を返すと、急いで斎のマンションへと走り出した。  先ほどとは違い、斎のマンションに着くと、持っている鍵で躊躇なく扉を開けた。 「いっちゃん!」  脇目も振らず寝室へ向かったが、そこに斎の姿も、オーナーの姿もなかった。  斎の甘い匂いはまだ部屋に充満しており、斎が部屋を出てからそう時間が経っていないと判断し、優斗はすぐさま地下駐車場に向かった。  優斗が地下に着いたとき、ちょうど一台の車が地上へのスロープに差し掛かる前だった。  その車が誰のものなのか、そんなことを考えるより早く、身体が動いた。  一片の迷いもなく、車の前に飛び出した。  地下に甲高いブレーキ音が響いた。

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