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第10話
「もう25分か……今日はここまで」
教壇に立つ50を過ぎたくらいの教授が自身の手首へ目をやると、講義の終了を告げる。
今日、亘理が受ける講義はこの朝一の必修講義だけだった。亘理他、大半の学生にとって、退屈な基礎を学ぶ講義で、机の突っ伏していた頭も上がる。
亘理は出席表代わりのレポートを教授に渡すと、その足で大学を出た。
いつもお世話になっている地下鉄に、見慣れた駅が近い事を示す看板とアナウンス。
亘理はいつものように、自身の住むアパートのある最寄り駅で降りて、あの黒木と出会ったスーパーマーケットを横切った。目的の建物まで足を進めると、階段を登る。昼の挨拶と共に、黒木屋の扉を開けた。
しかし、1度目に来店した時とは違い、そこには黒木の他にも人の気配がした。
「客か……」
黒木と向かい合うように黒服の男が2人いて、その内の1人に低い音色で亘理は言葉を向けられる。顔はサングラスやボルサリーノでよく見えないが、黒服の男は二人とも高身長に加えて、大きな背中をしていて、屈強な感じがする。
黒木とはまた別の威圧感を纏っていた。
「亘理さん! 来てくださったんですね」
そんな一触即発の、独特な空気の中。当の黒木は嬉しそうに亘理を呼ぶので、亘理は体が飛び上がりそうになった。
「はい、また来るって言いましたから……」
小さな声で、しかも、亘理が思ったよりぼそぼそとした口調になってしまった。
そんな亘理の言葉に黒木の顔は一瞬、翳ったような気がしたが、すぐにいつものようにソファーを勧めてくれる。
「ありがとうございます……でも……」
亘理は黒服達を無視して良いものかと戸惑っていると、先程、口を開いていなかったもう1人の男がわざと明るい声を出した。
「おいおい、トッド。我らがボスの依頼は断るが、この方なら髪をお切りするのかい?」
トッド……というのは、おそらく、黒木の事だろうと亘理は思った。そう言えば、黒木はスウィーニー・トッドという映画の主人公の理髪師に似ている、とも亘理は思う。
どんな形容詞でも伝えることは十分にはできないだろう、天才的な技術。それと、その男と関わったら、最後、無事に店を出られなくなると思わせるような雰囲気。
亘理が黒木を見ると、今まで、黒服の男達に真面目に取り合わなかっただろう黒木は歯を見せた。
「ああ、俺は今、この方以外の依頼で髪を切る気はない」
その言葉は決して、威嚇する類のものでもなければ、威厳のような重いものもあまり感じられないものだった。
しかし、異議を唱えるのは絶対に許さない。
黒木の目はそんな静かな意志を表しているようだった。
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