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第11話

「すみません、お見苦しいところを」 「いえ」  今日は以前のように珈琲ではあったが、エスプレッソだった。昔、従妹と遊んだ時に使ったカップのように小さなデミタスカップを持つと、温かい。  亘理が黒木へ聞いたところによると、先程まで店にいた2人組の黒服の男達は黒木慶喜(くろきよしのぶ)という人物の昔からの知人の部下らしい。  黒木慶喜。  それは黒木の父親かと亘理は思っていたが、どうやら違うようだ。 「ドンは父親ではありません。ただ、ここのファーザーではありましたけど……」 「ドン? ファーザー?」 「えーと、ドンはマフィアの頭の事で、ファーザーはファミリーを結成したヤツの事ですね。 俺はドンの下で10年ほど、お世話になりましたが、出会った頃から極道とかマフィアとか がとにかく、好きで……。まぁ、さっきの連中のボスとは違って、ずっと堅気の世界で生き てきた人でしたけど」  何やら穏やかではない内容だったが、黒木はさらりと言いのけて、亘理の首から下をカットクロスで覆う。  極道やマフィアが好きな、その慶喜という人物。まるで、マフィア映画に出てくるアジトの1室のような内装のこの美容室。  黒木の説明に耳を傾けた亘理はやっと合点がいったような気がした。それから、その影響下で黒木は少年時代を過ごしたという。一体、どんな子だったのだろうか。亘理はそんな事を思うと、少しだけ口元を上げていた。 「って、すみません。堅気なのにおかしいですよね」 「あ、違うんです。黒木さんってどんな子だったのかなって思って……」  たどたどしい口調ではあったが、亘理は比較的、緊張のない状態で伝える事ができた気がする。 「それなら、アルバムをご用意しますよ。今日はカットより時間がかかりますし、お待たせす るだけなのは心苦しい」  以前にも黒木に伝えた通り、パーマをかける準備は速やかに行われた。  というのも、黒木の店に行こうと思い立ったのが今朝。  もし、先客がいたり、店が休みだったりしたら、また日を改めれば良いなどと亘理は電話を入れなかったのが原因だった。  だが、黒木は依然として「お待たせしてしまってすみません」と自分の失態として謝ってくる。 「そんな! 俺も電話すれば良かったんですけど、スマホ、部屋に置いてきてしまったみたいで」  亘理は恐縮した様子で、そんな事を口にする。  本当は今朝、大学へ行く前にここへは来ると決めた筈なのに、迷っていた。  先客がいたら、店が休みだったら、また、そのどちらでもなくて、黒木に対して不相応な思いを抱いてしまったら……などと考えて、自分の意思ではなく、成り行きに身を任せたのだった。  結果的には、その成り行きはあのボスの椅子を模して作られたような美容椅子に腰をかけるというものだったが、亘理は少し気持ちが楽になっていた。分からなかった黒木の事が分かっていく。  そして、その分かった事で黒木へ抱いていた不安が消えていく。その事が亘理には説明ができないほど、嬉しかった。

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