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第13話
亘理がパーマをあて終えた後、黒木はすぐに姿を見せた。
それから、頭皮に伝わっていた冷たくて、ベタベタとしたパーマ液を湯で流され、ドライヤーをあてられる。今日も亘理は財布を出して、パーマ代を支払おうとすると、黒木に頑なに止められた。
「御代は受け取れません」
「でも」
黒木屋には料金表の類がない為、亘理は値段も分からなかったが、まずは福沢諭吉を3枚取り出して、食い下がる。
といっても、今回も黒木の方が1枚上手だった。
「では、またここに来てはいただけないでしょうか」
「え?」
「カラーリングもばっちりやらせていただきますんで。って……貴方の髪を染めるには俺では力不足ですよね」
亘理が黒木の顔を見ると、いつものようにまっすぐ自分を見ている。
黒木は自分の事を「力不足」と評したが、おそらく、世界の大抵の美容師も黒木には敵わないだろうと亘理は思っていた。
現に、先程、黒木にしてもらったパーマも亘理は拙い説明しかできなかった。
しかし、亘理のコンプレックスである童顔をカバーし、なおかつ、亘理に似合うスタイル、亘理が望むスタイルを完全に再現した。
そのように断言しても、過言ではなかった。
「分かりました。また来ます」
またここへ来ても良い。その事にまだ、戸惑いはあるものの、嬉しかった。
嬉しい……と言えば、その反対で黒木の事を否応なしに知ってしまった事もある。
「できれば、知りたくなかったけど」
何でもないように、亘理は「また来ます」とだけ返事すると、黒木屋から道路へと延びる階段を降りる。本当に何でもない。
だが、歩行者道をとぼとぼと歩く亘理の心中には隙間ができて、それを埋めるように複雑な感情を湧き上がってきていた。
「予想はしていたけど、慶喜さんは……」
亘理の脳裏に浮かぶ黒木の言葉。
慶喜氏に関しての事だけが過去形で語られていた時点で気づくべきだったのかも知れない。彼は辛そうには振舞わなかったが、大事な人を亡くしてしまったのだ。
それに、幸せそうに写る黒木と慶喜氏の写真の裏側に書かれていた事実もだ。
それを知ってしまい、何とか目を瞑ろうとして、亘理はいつの間にか逃げるように自分のワンルームへ向かって走っていた。
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