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第16話

 その日、亘理はまた夢を見た。いつもの夢はそこに出てくる登場人物達がはっきりと分かるのだが、漠然としていて、この夢ではよく分からなかった。  ただ、登場人物は1人の老紳士と1人の青年だった。老紳士の方は最近、見た事があるような気がする。  青年の方は黒木に似ていた。  亘理はその見た事のある老紳士と黒木似の青年の2人が睦まじく過ごしているのを眺めている。  普段であれば、それは亘理にとっても微笑ましい事だった。 「微笑ましい? そんな訳ないだろう?」  不意に聞こえる声。  どうやら、夢の場面は一瞬で変わってしまったらしい。ぼんやりとはしているが、先程の場面が木漏れ日の中、淡い光が差しているようなものだとしたら、今、目の当たりにしている場面は光が一切届かない深海の底まで来てしまったように亘理は思った。 「どういう事ですか?」  不意に投げかけられた声に亘理は動揺しながらも言葉に乗せる。 「言葉通りだ。お前は人の幸せを考えられるような人間じゃない」  聞こえてきた言葉と共にまるで、深海にいながら木枯らしが吹き荒れる中にいるような感覚が亘理を襲う。  しかし、亘理はその声に問いかけ続ける。 「どういう……意味?」 「お前が黒木というヤツを助けた事があっただろ? だが、あれは黒木を助けたかった訳じゃない」 「じゃあ、どういう……」 「お前は誰かが気持ち良く何かができれば良い。幸せになれれば良いと思うが、それはそう思う事が自分の美徳だと他者に信じさせようとしているだけだ」 「自分の美徳?」 「お前は可も不可もない人間。それでは誰にも勝てない。愛してもらう事はできない。だから、人の事を思える、優しい人間、良い人間という価値をプラスして、他者よりもお前を選んでくれるように仕向けているんだ」  あまりの言われように木枯らしだけでなく、その強い向かい風に乗って、色んなものが亘理の方へ向かってくる。心といった内面ごと身を裂いていくような感覚がする。  思えば、今まで、亘理に沢山の愛を注いでくれたであろう両親でさえ人の事を思わない、優しくない、世間的に見て、悪いという自分だったら……そんな人間を愛してくれただろうか、と亘理は考えに至ると、悲しくなる。 「違う」  と亘理は否定したいのに今の彼の咽喉からはその息苦しさで必死に息をしようとする音だけだった。 「あ……」  夜明け前、まだ4時になる前だった。  いつもこの時間の亘理の意識は靄がかったように不鮮明なものだったが、こんな時だけはっきりしたものだった事に嫌悪し出す。 「俺……黒木さんに好きになってもらいたいんだ」  動揺と苦悩と、その他にも説明もできそうにない多くの複雑な感情を静かに夜に溶けていく。  溶けていくが、消えていく事はない黒木への感情が零れ出す。 「黒木さんが……好きなんだ……」

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