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第17話
うるさい。
あれから何日か経った朝、明らかに寝不足ですという面を下げて、亘理は大学の中ホールで行われる講義に出ていた。
講義の内容は洋画を媒体とした社会心理学だった。
その映画の中に見受けられる社会的背景やまた、人々の心理を追求していくというもので、まだ大学に入りたての亘理は教養科目や基礎講義しか受けられないものの、密かにこの講義をする教授のゼミを選択しようとしていた。
それ故に、この講義に出席する事は勿論、復習やレポートなども力を入れて、努力を欠かさなかったのだが
「来ない方が良かったかも」
亘理の耳にはいつも熱心に耳を傾けている教授の声も講義とは関係のない話をしている学生の声も、スクリーンの中の女優の声も関係なく、うるさくて仕方がなかった。
「それでは、今日はここまでにしましょう。出席届を提出して、退出してください」
映画は亘理も見た事がある映画で、あと10分もすればエンドロールが流れる。だが、講義はもう終わりのようだった。
出席届けを講義担当の教授へ出しに行こうと動き出して、騒がしいホール内で亘理は消えるような声で言った。
まさに、最悪の気分だった。
この後にも近世ヨーロッパ史とフランス語講座が亘理のスケジュールを埋めていたが、とても出る気にはなれない。
亘理はいつも日課のようにしていた教授に話を聞きにいくどころか、先程の講義の出席届けさえ出さないまま、大学を出る。
騒がしい通りに面している大学の正門ではなく、寮や住宅地といった閑静な通りへと出る裏門を出る亘理。
大学付近とは言え、校外で、亘理は誰にも呼び止められる筈はなかった。
「亘理、譲様ですね」
苗字と名前を区切り、敬称もつけられて、呼ばれた亘理。
どうにも晴れない気分ではあったが、呼んだ本人を目にすると、混乱で、嵐が吹き荒れるようなバタバタとしたものになった。
「そ、そうですが」
黒服姿の屈強な男に、今日は黒塗りの外国車が亘理の目に留まる。
サングラスで目を覆っている為、判別はつかないが、昨日、黒木屋で見た2人組の男の1人ようだった。
「我々のボスが是非、貴方に会いたいと申しています。よろしければ、ご同行を」
2限目が始まり、3限目は昼を挟むという中途半端な時間に大学の裏門を通る人間はいないに等しい。
ただ、必ず誰も通らないという事はなく、早くこの場所から離れた方が良いという事は亘理でなくとも、思う事だった。
「分かりました」
亘理が思うよりもその声はクールに響く。
多分、いつもの差し障りのない、穏やかな態度なんてとれなかったのだろう、と自傷気味に亘理は自己を分析した。
そして、車に乗り込んだ彼らは何事もなかったかのように大学の裏門から姿を消した。
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