19 / 37
第19話
精悍な龍の刻まれた、恐ろしく、軽い取っ手を亘理は引いた。それとは対のような、亘理の視線の先にあるのは重厚な気配だ。
「扉を閉めてもらおうか、亘理君?」
重厚な気配の主は普通のサラリーマンなら一生縁がなさそうなブランのチョークストライプの生地で仕立てられたスーツを着ていた。それに、レイヴンのシャツに、そのシャツと同色のマフィアストール。ミディアムグレーのボルサリーノを身につけている。
亘理が昔、映画で目にしたようなマフィアらしい出立ちとやや年は取っているが、その作品に出てくる俳優に引けを取らないルックスもしている。それに、自分を呼ぶどこか裏の世界を思わせるような雰囲気。冷たそうに光るサングラスの奥の視線が突き刺さり、明らかに亘理をここまで連れてきた黒服の男とは雰囲気が違う。いや、雰囲気なんて生易しいものではない。 ここまで連れてきた黒服の男とは風格が違っていた。
「はい」
さほど、長い時間ではなかったが、亘理は長く扉を開け放していたのだと思い、その軽い取っ手を無駄のない動作で閉める。
亘理が足を進める部屋の隅には高そうな白磁器や黄金の龍の彫刻、高名な書道家の作品。ほぼベッドと言っても、間違いではないオニキスブラックのソファなどの調度品。その中心にドンである男と直径2メートルほどもある大きな円卓が威圧している。
しかも、円卓はエレベーターやフロアの床と同じようにガラス製だったのだが、色、純度と共に繊細で美しいラピスラズリをしている為だろう。他の追随を許さない。そんな様子で存在していた。
「私は李龍(リロウ)だ。ユーはきれぇなもんはあるか?」
「いえ……」
戸惑いながら、亘理は握手を交わそうと、手を差し出す。既に同じように差し出されていた李の手は亘理のそれとは違い、水気が少なく、かさかさとしていた。
というより、何故、自分は呼ばれたのか。その用件は何なのか。あまり辛いものは嫌いというか、苦手で、食べられないです。
あと、意外と李と名乗ったこの男の声には棘がなく、しゃがれていて、重みはあっても、凄みのようなものはなかった。
思った事、言うべき事は幾つか、亘理にはあった。しかし、緊張からか、あるいは、あまりにも平凡な学生の日常とはかけ離れた光景で、我が身に起こっている事とは思えないのか。割と自分の思うように話を進める事のできる亘理が話の主権を目にいる男に渡していた。
例えば、このような形で……だ。
「では、卓につきたまえ。亘理君」
ともだちにシェアしよう!