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第21話

 冷め切ったジャスミンティーを取り替え、温かい飲杯や茶壷が竹製の茶盤に載せられて、冷たいグラス製の円卓へ置かれる。  冷たくなった茶器を艶やかなルージュのチャイナドレスを着た美しい女性が、温かい茶器を清楚なシュネーのチャイナドレスを着た同じように美しい女性が手にしていた。  だが、そんな彼女達の美しさも亘理の目には入っていない。  そして、2人の美女が部屋から姿を消し、李が3杯目のジャスミンティーを口へと運んだ時に亘理はやっと口を開いた。 「黒木さんが……俺に惚れているなんて……」  その言葉は途切れ、まるで、周波数の悪いラジオのように弱く呟かれる。  その一方で、李は今までと同じように力強く言葉にする。 「信じられないか? カッパにアンコっていうのもあるんだが」 「カッパにアンコ?」 「まぁ、知らねぇのなら気にしなさんな。ただ、ユーが受け入れなくても、あれは諦めないだろうな。受け入られないのなら諦める。今時のヤツはそんな風に誰かを愛するが、あれはそんな愛し方ができるタマじゃない」  ただ、直向きに誰へ愛を傾ける。  一見すると、押しつけているかも知れないが、それが押し通せるのは純粋にその愛情が深いからだと李は言葉を締めくくる。 「本当はな、ユーを呼んだのは取引の為だった。単純に人質にとったユーをケツかいて……いや、正当な取引をして、私の死に化粧をあれへ引き受けさせる為だった」 「え……」  亘理は李の声のトーンが1つ下がったのが感じた。  肝心の李はシュネーのような純白に身を包んだ佳人の持ってきたジャスミンティーの入った茶壷を手にする。  ちなみに、食事の直後まで使っていたのは群青に磁器の白を生かして龍があしらわれていたものだった。それに対して、今の李が持っているのはその群青もそれを持ち去った佳人が纏ったルージュのように鮮やかな赤を知らないという風な白い、白い茶器だ。その線が品良く浮き上がり、梅を咲かせている美しいものだったが、相変わらず、混乱する亘理には全く意味のないものだった。 「この年になると、自分の墓と葬儀屋と死に化粧のスタッフぐれぇは手配しておくものだ。と言っても、若造のユーでさえ明日、あの世に旅立つ事になるかも知れねぇがな」  何か、物騒な事を言われた亘理だったが、どうやら、李の口振りからすると、彼は今日明日にでも死ぬ訳ではないらしい。  死ぬ。  亘理にはこの目の前にいる男と黒木の関係はいまいち分からなかったが、黒木を「あれ」と呼んでいる以上、面識ぐらいはあるのだろう。やはり、知っている者が世を去るというのは絶対に避けられない事だと理解していても、寂しくて、辛い事だ、とも亘理は思った。

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